第169話


 毎度損耗率に違いはあるものの、必ず引き分けに終わるいくさ


 世代を越えて受け継がれる対立に……もし自分が終止符を打てるとなれば、どうだろう?


 横槍を許すだろうか?


 いざという時の備えとして近隣の騎士団や国軍が存在するのだが、その力を実際に借りるということは貴族の面子に響くまた別問題らしいのだ。


 しかも自分が勝ち取った、と思っている戦だ。


 戦後の褒賞や栄達を考えれば、他の貴族の介入は……それが国軍だとしても見逃せないものなのだろう。



 『七剣しちけん



 と呼ばれる我が国の最高戦力は、当然ながら国軍に属する。


 知る人ぞ知る……とはよく言ったもので、どんなド田舎のド辺境だろうと七剣の響き渡る勇名は、国民であるならば知らない訳が無いレベルだそうだ。


 ……いや、それは絶対におかしいと思うけど……だって俺が学んできた教科書には載ってなかったもの。


 七剣というのは、絶対勝利を冠する国王陛下直属の七人の騎士のことである。


 一度出撃を決めれば退路は無く、また敗北もあり得ないと噂される程の戦力で、他国との領境で睨みを利かせることもあれば国内における揉め事や難事の解決、また遊軍のように飛び回っては不落である魔物を討伐したりと、なかなかの多忙を極めるそうだ。


 そんな最高戦力の一人が、冒険者ギルドで戦争に参加する冒険者の情報を集め、勝ち掛かっている戦の最中に、ハーテア領まで足を伸ばそうとしている……。


 と、いった情報をキャッチしたハーテア領の領主は、どう思うだろうか?


 拒否はあり得ない。


 何故ならこの七剣、どうやら立場が特殊であるらしく、ある程度の裁量の自由を認められているせいか、拒むという選択が難しいらしいのだ。


 なにせ国王陛下直属、見ようによっては国の意志……つまりは勅命とも似たような扱いをされる。


 そんな存在が、何百年何十年と続いた戦の最中に、初めてとも言える手応えを感じる今、近付いてくる……。


 邪推されても仕方あるまい。


 そこでハーテア領の領主は一計を案じた。


 既に根回しがされていて、他の領地の騎士団や国軍は今回の戦に介入して来ない――という話になっているのでないかと予想した、うちのジト目。


 貴族的な遣り取りがあった模様。


 連戦連勝で押せ押せの戦、もはや領主には押し返されるという考えが微塵も無い。


 恐らくは打たれている。


 しかしこれ幸いと戦力が手元に無いことを理由に、リーゼンロッテに戦争のを望んだのが――あの手紙の正体。


 真の目的は、リーゼンロッテをに入れることにある。


 介入と指揮下ではだいぶ違いがある……とターニャは語った。


 なんというマッチポンプか。


 自ら戦力を遠ざけた癖に、今手元に戦力が無いからとは笑える。


 少し調べれば分かりそうなものだ……引っ掛かる奴なんているの?


 なんて言えないのが正義感お嬢様……。


 自軍の戦力が乏しく傘下に入って欲しいと請われれば断るわけもなく、初陣がスカされて有り余った情熱のままに早馬を飛ばした結果――――こうなっている。


 薄闇の中、ジリジリと昇る朝日に照らされたリーゼンロッテが言う。


「…………命を永らえたいと思うのは人として当然の行いなのでしょうけれど……長く猶予を与えるつもりはありません。十数えるうちに出てくることを薦めます」


 恐らくは敵が来ないような場所に布陣され、無聊を託つ結果になったのだろう。


 本来なら……幼馴染がバカしたから迎えに行くために戦地へ潜入するなんてアホな理由が無い限りは、ここに敵は来ない。


 というか俺、敵じゃない。


 守られるべき市民ですけど?


「――十!」


 斜め後ろにいる大柄な騎士が声を張り上げた。


 お前が数えるんじゃないんかい。


「――九!」


 隠しているが楽しそうな雰囲気を臭わせるリーゼンロッテにげんなりする。


 どうせ「ここが戦地の急所である」やら「腕の立つ伏兵が毎度紛れ込む」なんて耳障りの良い言葉で丸め込まれたのだろう。


「――八!」


 それが実は戦局に関わりのないハズレ陣地だと知らずに……。


 ターニャの予想ではお付きの騎士さん達は気付いているらしいけどね。


「――七!」


 利害の一致があるから大丈夫という話だった。


 ……リーゼンロッテの歳や家が関係しているのか、極力危険に晒させたくなさそうだったもんなぁ。


「――六!」


 今も精々が落武者か斥候程度に思っているんだろう。


 お嬢様のいいガス抜きになると。


「――五!」


 …………ターニャの大丈夫って何に対しての大丈夫だったのかな? あまり時間も無かったから突っ込めなかったけど。


 大丈夫っておかしくない? 「利害の一致がある。だから大丈夫。ここにいる」っておかしくない? いない方が俺としては大丈夫だったけど?


「――四!」


 既に矢の雨を喰らいましたが? 大丈夫とはこれ如何に? ターニャに取っての大丈夫って何? とっても丈夫?


 ここでの魔力の損失は、ここまでの節約に比べたら微々たるものという話かも……。


「――三!」


 ターニャにとっては許容範囲。


 俺にはとっても許容出来ない。


「――二!」


 空を見上げた。


 木々の隙間から覗く青空が、今日は晴天だと告げている。


「――一!」


 両強化魔法を三倍に引き上げる。


 リーゼンロッテが数えるのは止めるようにと、片手を軽く挙げた。


「……致し方ありませんね。開戦が迫っています。いずれは予備戦力として求められる可能性があるので、長居出来ないのです」


「――――同感だな」


 毅然としたリーゼンロッテの声に、前世の俺の声が返す。


 ザクザクと足音を立てながら森を出た。


 見つかってしまったのならコソコソする必要も無い。


 視界いっぱいに広がる平原の向こうから、ゆっくりと狼煙が上がっている。


 もう幾許の猶予も無さそうである。


 急いでいるというのに少しばかり嬉しそうな表情のリーゼンロッテにイラッとする。


「見上げた覚悟です。貴方に敬意を払いましょう。名前を聞いても?」


「聞いてどうする? ――もはや会うこともないというのに」


 戦場に吹く生臭い風のせいか、今の気分のせいか、自分で思う以上に冷たい声が出た。


 周りにいる騎士には良い顔をされないが……。


 ――何故かリーゼンロッテは瞼をパチパチとさせている。


 一拍置いて、柔らかな微笑と共に剣を掲げた。


「――とても気に入りました」


 ああそう。


 初めて出逢った時のようなことを宣うリーゼンロッテに、俺は不機嫌に返す。


 そういやぁ、言ってなかったな?


「俺はあんたが気に入らない」


 聞こえたかどうかというところで、大地を揺るがさんとする咆哮が轟いた。


 戦が始まったらしい。


 戦場に木霊する鬨の声が、俺とリーゼンロッテの戦いの合図にもなった。


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