第167話


 ターニャは…………。



 ま、いっか。



 切り抜いた天井から屋根の上へと体を出す。


 漆黒の闇に溶けるようなローブが風に靡く。


 深々と被ったフードの奥から覗く空は、村で見上げるものとは別物ようだ。


 見送るなんてしてくれない幼馴染を残して、天井裏に蓋をする。


 ターニャはもう話し掛けるなとばかりにお疲れだ。


 恐らくは初めて感じる魔力不足によるものだろう。


 肌に冷たい夜風を肺いっぱいに吸い込むと駆け出した。


 護衛というか監禁役の騎士も、窓は注意しているだろうが、まさか屋根の上までは見まい。


 月が陰っていることも、こちらに味方した。


 建物の端まで駆けて、大きく跳躍する。


 暗がりから暗がりへ――景観のために手入れされた庭へと飛び込んだ。


 ズシン、と鈍い音を響かせるも距離は遠く、気付かれていないことを確認しつつ賑わいのある方へと消える。


 中継地点としての役割があるのか、この村の方向性は宿場町に近いもので、朝も近いというのに軒を連ねる酒場が未だに明るい。


 通りにある疎らな人影を縫うように抜けていく。


 ターニャが言うには開戦は朝だそうだ。


 日の出と共に陣形を整え、に向かうだろう――と。


 勝っているのはこちらで……。


 まただと、ターニャは言う。


 出来ることなら、勝敗に関係ないところで介入したかったというのが本音だろう


 ターニャの考えや焦りは理解した。


 ……なんていうか…………ズルいチートよなぁ。


 本人が言うには予測だそうだが、それは予知や予言に近い物のように感じた。


 もはや賢いを越えていると思う。


 恐るべき『才能』だ。


 それこそ戦争のある時代では喉から手が出る程に貴重なものだろう。


 適当な柵で囲まれた村を抜ける。


 この村には壁が無く、また見張りもいない。


 本当に中継地点としての役割しか持たないのだろう。


 宿のランクが別れているのも頷ける話だ。


 魔物の出現頻度や、この先にある街が国境の関となっていることも関係しているのかもしれない。


 おかげさまで出入りする分には止められることもないが。


 村の灯りから離れ、足元にすら難儀する闇を、魔法を使って祓う。


 望んだのはランプのような灯り。


 イメージを捉えた魔法が魔力を変換させて光を生む。


 生前に持っていた電気式のランタンのような灯りが生まれた。


 目指すは国境『テウセルス』。


 公道を逸れて獣道へと入る。


 ここからは山を越えて国境を抜ける。


 森の深いところは険しく、また屈強な魔物の生息も予想されるために、普通なら行かない道だろう。


 土地勘も無く、また道も無いのだ、どう考えたって迷うのがオチである。


 しかしが残されているとなれば話は別だ。


「…………ドンピシャか。マジでヤバいな、ターニャ」


 本来なら狩りなど行われないであろう村なのに、少し森の奥に入るとが通ったような跡を見つけた。


 不慣れな処理の仕方には見覚えがあった。


 上手く誤魔化しているつもりの行軍跡を追いながら、ターニャの……いやに思いを馳せる。


 極めて珍しい『魔法持ち』であるテッドとチャノス。


 ドゥブル爺さんの欲目もあると思うのだが、『魔法使い』に至れるという話だった。


 身近過ぎて気にならなかったのだが……親に反発して出奔するぐらいには珍しい物なのかもしれない。


 なにせ千人に一人。


 それは学校で一番ぐらいの凄さがある。


 ……そう考えると不思議とテッド達の天狗っぷりにも納得がいった。


 そして……間違いなく世界有数だと思えるテトラ。


 あんなのが何人も居て、それこそ戦争でも起こそうものなら……終わるんじゃないかな? 世界……。


 今は自制してくれているが……テトラはが出来るのだ。


 それは距離を一瞬にして踏破ゼロにしたり、深い湖の底で息が出来たりと……まさに天変地異を操る。


 お次は身体能力がおかしいアン。


 体力や体のキレなどが歳相応どころか人として外れているレベルなのに……だという事実。


 マラソンに付き合いたくないばかりに深く考えたことはなかったが……これだっておかしい。


 俺の強化魔法と似た匂い……いや、村の外に出たことで、近しいと思える人物を見つけている。


 バーゼル。


 あれとアンには何処か似たような空気を感じるのだ。


 百年以上ぶりのダンジョン攻略者と同じって……。


 最後に…………唯一人だけ、普通だと思っていた少女。


 今も村で色々と心配しているだろう少女。


 責任感が強くて、真面目で、正論ばっか唱えるのに……少しズルい。


 三編み姿の委員長。


 ……これだけ幼馴染が変で、特別で、たった一人だけ普通…………なんて、逆に不自然なのかもしれない。


 まるで集められたような幼馴染の中で、一人だけ普通を担うということがあるのだろうか?


 …………あって欲しいなぁ。


 別に偶々たまたま、偶然、奇跡のような確率で、不思議な子供達が揃うこともあるんじゃないか?


 魔法なんて不思議が罷り通る異世界なのだし。


 ……あってもいいだろ。


 そんな言い訳を幾つ並べようとも、どうにも無視出来ない特別が――――ケニアにもあった。


 出生率だ。


 そりゃあもう両親から嫌というほど学ばされている俺としては、それがどんなに困難な所業なのかハッキリと分かっている。


 ……分かっているのだ。


 …………分かってるんだよなぁ。


 今、自分がどんな表情なのかも分からない暗闇の中を、魔法の灯りに誘われるように――奥へ奥へと踏み込んでいった。


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