第165話


 いや〜、はっはっは。


 …………旅ってこんなんだったっけ?


 実りも果ても無い荒野を巨大な鳥に狙われながらただ只管行軍したり。


 幼馴染と旅するってこんなんだったっけ?


 某かの陰謀っぽいものに巻き込まれたせいで断崖絶壁を行くことになったり。


 美少女と旅するって困難だったっけ?!


 逃げ出さないようにと厳しい表情のゴツい騎士に犯罪者よろしく見張られたりね?!


 いや逃げ出そうとはしたけれども。


 確かに豪華な馬車とあって、距離も魔力も体力すらも大きく稼げたと思う。


 ほとんど野営にならない上に、行く先々の村や町で最上級の宿屋にもタダで泊まれたさ。


 ……でもこれ軟禁って言わない?


 話が合うのか、どうにもならないと観念したのか、リーゼンロッテと仲を深めるターニャはともかくとして。


 事ある毎に逃げ出そうとする俺へのチェックは厳しくなった。


 そら逃げるて。


 そもそもリーゼンロッテにはなんの関係もない話なのだし、色々と探られたくないことだってあるのだ。


 ハーテア領のテウセルスという街を目の前にした村で、今日もプリプリとしたリーゼンロッテにお説教を食らっている。


「全く。もうテウセルスも目の前なのですから、逃げ出そうとする意味が分かりません。ターニャが教えてくれなかったら危ういところでしたよ?」


 密告者がまさかの身内という事実。


 森歩きさせたことを根に持ってるわけじゃないよね? 何か考えがあるんだよね?


 すっかりと食べ物に魅了されてしまった幼馴染が、見たこともない果物を口にする姿にアイコンタクトを送ってみる。


 しかしプイッと逸らされるばかり。


 もしかしてもうテッド達のこと諦めてませんか?! ねえ! ターニャさん?!


「悪いようにはしないと言っているでしょう? 私がハーテア辺境伯に事情を話して掛け合いますから。おそらくはレライトが単独でどうこうするよりも良い結果に落ち着きますよ? 焦る気持ちは分かりますけど……」


 魔力を気にすることなく全力で駆けたら、おそらくは三日弱ばかり時間を短縮出来たと思うよ。


 言わないけどね!


 しかし馬車旅も悪いことばかりではなく、不意にある魔物の襲撃なんかも騎士がなんなく捌いてくれたし、旅に必要不可欠な物資の心配をする必要が無くなったというのもデカい。


「わざわざリーゼンロッテ様にそこまでして貰わなくても……ちょっと行って引っ張ってくるだけですから……」


「既に徴兵されているではないですか。戦争が終わるか、契約期間を満了するまでは兵士として扱われます。抜け出したら死罪でしょう。どうするつもりだったのですか?」


 それを言われると痛い。


 最悪罰金でどうにかならないかとは考えていたが……。


 その時はターニャさんの財布から出たであろうことは予想に固くない。


「どうして……」


 叱られている内容とは別のことばかり考えていたせいか愚痴のような呟きが漏れる。


「どうしてそこまでしてくれるんですか?」


 純粋な疑問も含んだ呟きは、言った後で『しまった?!』と思えるそれであった。


 それむしろ主人公がヒロインに言われるやつだから。


 鈍感系が奴隷に言われたりするやつだから。


 むしろ面倒で厄介だと思っているお嬢様に言う言葉じゃないから。


 見て? お茶の用意をしていたメイドさんが『あ~? テメェうちのお嬢様に惚れてんのかぁ? 身の程を知れ! このド貧民があ!』って感じで手を止めてしまったではないか。


 リーゼンロッテも目をパチパチとさせている。


 ビックリしたときの合図サインだ。


「いや、違……」


「どうして、ですか? う〜ん……」


 目を閉じて考え込んでしまったリーゼンロッテに言い訳するタイミングを逃してしまい、再びカチャカチャとお茶の用意を始めたメイドさんの視線に耐える時間となった。


 隣りからジト目にも見られている気がする……。


 無視だ、さっき無視されたから無視し返すのは何も悪いことじゃない。


 少々の居たたまれなさを感じながら、メイドさんのお茶の用意が終わる頃、リーゼンロッテが目を開けた。


「話してみたい、と思ったからです」


 ニッコリと微笑むリーゼンロッテ。


「何気なく窓の外を見ていたら、荷車から芋が溢れ落ちて広がるところを目にしました。故意かどうかは知れませんでしたが、周りが動こうとしない中で、即座に動いたのは貴方達でした。私もちょっと手助けをしましょう、そう考えるのに理由は要りませんでした」


 なんつーじゃじゃ馬っぷりだよ……。


「耳にしてみれば、なんとも理不尽でいい加減な話ではないですか。罪には罰を与えるべきだと声を掛けました。また善行は報われて然るべきだと考えました」


 あそこには打算と打撃しかなかったよ……。


「しかし声を掛けてみれば、今し方自分達を不遇に落とそうとする悪人を庇うではないですか。話しぶりを見るに気付いてないわけでもなさそうでした。では何故? ……そうですね。私は貴方に興味が湧きました。だから『話してみたい』と思ったのです」


 あれ? これ今、告白されてますか? 違う? ああそう。


「貴方は悪い人ではありません。それが私の結論なのですが……では何故悪人を庇ったのか。そこが未だに理解出来ません。いえ、理解は……しました。納得が出来ない……うーん、この言い方もしっくりきませんねえ」


 うーんうーんと思い悩むに、年輩染みた言葉が口を衝く。


「なんでもかんでも『正しい』『間違っている』なんて割り切れるものばかりじゃないんですよ。世の中なんて特に……。白だ黒だと色分けなんてしてたら、


 ……村から出たばかりの田舎者に言われる台詞じゃないよなぁ。


 予想通りに、再び目をパチパチとさせるリーゼンロッテ。


 悪い娘じゃないし、色々と助けられたこともあって、なんとなくアドバイスめいた言葉を掛けてあげたくなった。


 将来、失敗させないために。


 しかし間違いなくだろう。


 人の世ってのは、そういう風に出来ているから。


 こればっかりは経験しないと分からないことだ。


 そして経験しても分からないことだ。


 だから上手く折り合いがつけられるように、せめて心の準備をしておけば……なんて、そんな風に老婆心が働いてしまった。


 ……意味無いんだろうなぁ。


 こういう……と思っている人物には。


「レライト、あなたは……」


 驚きと共に続くリーゼンロッテの言葉は、永久に分からなくなってしまった。


 部屋の扉から響いたノック音によって。


 メイドさんが対応に出ると、気まずさもあってなんとなく沈黙が落ちた。


 帰ってきたメイドさんは手紙を抱えていた。


 恭しく盆に手紙とペーパーナイフを載せている様は、恐らくは重要人物のそれであることを予感させた。


 チラリと目配せをしてきたターニャに頷く。


 ああ、うん……ね? こういう時の知らせってのは大抵が……。


 手紙を切って開けたリーゼンロッテが内容に目を走らせるのを黙って見届ける。


「…………ごめんなさい、少し所用が入りました。貴方達の幼馴染はきちんと見つけて保護するので、しばらくこの村で待っていてください。――レライト、先程の話はまた帰ってからにしましょう」


 投げかけられた笑みと言葉に、こちらも自然と笑顔になった。


 うん、断るよね。


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