第164話


「あ、全然。自分ら帰りますんで。さすがに戦争してるとこに行ったりしないですよ。諦めます。リーゼンロッテ様にはわざわざ骨を折って頂き感謝しかありません。末代まで語り継がせて頂く所存です。ありがとうございました。それでは失礼します」


「……わかりました」


 で、こう。


 些か狭くなった車内には逃亡防止用に騎士が配置された。


 入口に一人、窓際に一人。


 おかげさまで両手に花となった現状。


 右手に真面目、左手にジト目である。


 ……おかしいなぁ、ちゃんと右手を上げて『じゃあの』と別れた筈だったのに。


 我ながら完璧な言い訳に完璧な態度だったと思う……惜しむらくは寸前の絶叫が響いたのだろう。


 だって驚くよね? まさか受理されるとは思っていなかったから……。


 戦争だよ? 村で木の棒を振ってたガキ共なんて物の数にも入らない――なんて思っていただけに、予想が外れた衝撃は大きかった。


 まさかの未成年を徴兵である。


 ……もしかして押されているのだろうか? 女子供や老人が参戦するとなった戦争は末期というのが常識。


 ターニャもマスターとの会話から必要な情報を抜いていたように見えたし、普段なら冒さないであろうリスクのある会話や慌てぶりからは焦りが垣間見えた。


 押されている戦場に行ったのだろうか? だとしたら――


「しっかりと話し合うことが大事だと思います」


 思考に霞みを掛けるように、リーゼンロッテが仕切り直しを提案してきた。


 正直、今はターニャに説明を求めたいので、この強制連行を終わらせて欲しい。


 ぶっちゃけ邪魔なお嬢様である。


 テッド達の情報を抜いたら用済みなんだけどなぁ? 貴族は夜な夜なパーティーでも開いて踊っててくれないかなぁ?


 そもそもなんで執拗に絡んでくるんだろう? 向こうからしたら俺達なんて木っ端もいいところなのに……。


「まずは……補給が途切れる? という一事についての説明をお願いします」


 単に聞きたい欲に引っ掛かっているだけかもしれない。


 仕方ないのでご説明だ。


 ここで疑問を解消しておけば、割とあっさりと放免される可能性もあるやもしれん。


 ここまでにあった経緯を話した。


 勿論だが、ロッククライミングで難所を越えたことや、件の魔物については伏せておいた。


 道中で道が崩れていて抜けるのが困難だったという話にすり替えて、落石が人為的に引き起こされていたとしたら、どういう意図があったのか予想し合ったことを告げた。


 陰謀論っぽく考える思考ゲームだったと嘯いて。


 ……まあ実際に人為的だった訳だが、それはそれ、言わないでおく。


 その結論として『冒険者の往来が減る』と頭にあったので、リーゼンロッテと冒険者ギルドのマスターの会話に補給線云々という話が出たことで咄嗟に「冒険者」と呟いてしまったのだと言い訳しておいた。


 補給というのは物資のことではなく、『冒険者』の追加を指すのではなかろうかと。


「……それは思いも寄りませんでした。なるほど……戦力の補充的な意味合いだったのですか……」


 戦地にあって一番磨り減るのが人である。


 リーゼンロッテの中では、冒険者がイコール兵士として成り立っていなかったのだろう。


 ご立派な騎士様に囲まれていたら冒険者なんて破落戸が戦力として見えないのも頷ける話だ。


 食えると言われない限り手を伸ばそうとは思わない派手な色のキノコのように、冒険者を食材戦力として見れなかったのではなかろうか。


「しかし道が潰れたと言ったところで一つなのでしょう? 他の道を往けば問題ないんじゃないかしら?」


 そう、やはりそこに思い当たる。


 陰謀論的に伝えたので、落石が人為的に行われていたとして、稼げるのは時間という結論に至ったことも話した。


 話はそこで終わっているので、それ以上は伝えることもない。


 問題はターニャがその先を見ていることにある。


「……面白い目の付け所ですね。時間を稼いでいる……はい、私にもそう思えます。となると……」


 そうなんだ……時間を稼いでいるだけなのだ。


 つまり、僅かに時間を稼ぐだけで、相手側は勝てる状況にあるのかもしれない。


 もしくは一気にケリを着ける手段を有しているのかもしれない。


 冒険者という、使い勝手が良さそうな戦力の補充が僅かに遅れるだけで……。


 ここから先の展望は俺には見えない。


 しかしターニャが急いでいることもあって、グズグズしてはいられないのだろう。


「そんなわけなので……急いで幼馴染を迎えに行きたいのですが……まだほら? 間に合うかもしれないし?」


 疑問にも答えたし、もう用も無いだろうと沈思するリーゼンロッテにお別れを臭わせた言葉を放った。


 遠回しなバイバイだよ、遠慮しろ遠慮。


 おそらくは俺達が持たない情報も持っているお嬢様が、今の予想と何かを掛け合せていたのであろう難しい表情を消して頷く。


 おお!


「分かりました、同行しましょう。友を迎えに死地に赴くという子供を突き放しては、クライン家の名折れ。一度ひとたび助けると決めたのに、途中で投げ出すような真似を、私は好みません。……心配しなくても大丈夫ですよ、レライト。こう見えても私は『七剣』の一つを陛下より賜っていますから」


 自信満々にドヤるリーゼンロッテが小憎らしい。


 知らねえよ、七剣。


 十四歳になると掛かる病なら幼馴染で間に合ってるんですが?


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