第163話


「近年、工作の類が其処此処に落ちています。不可思議な人影も。ここと隣りの子爵領にも、その波が来たということでしょうか?」


「こんなクソ田舎に手を出すほど暇じゃないだろ。魔物の数も規模も街を潰すには足りん。明らかに補給線の断裂を狙ってるな」


「? 補給……ですか?」


 ……どっかで聞いた話だなぁ。


「……冒険者」


 ターニャちゃん余計なこと言わないでくれる?


「そうだ」


 その瞳にターニャを映し出す冒険者ギルドのマスターとやら。


 会話の流れからして俺もターニャもマスターも、補給したいのか、また邪魔したいのかを理解しているが……置いていかれたリーゼンロッテだけが首を傾げて訊いてくる。


「分かりません。どこの補給線のことなのか、なんでマズラフェルの北東の森に魔物を放つだけで、その断裂が狙えるのか……。どういうことでしょう? レライトは分かりますか?」


「いえ全く」


 そもそも魔物の事はこちらに向けて話してなかったろうが、これで分かったら関係者を疑われるわいボケェ。


 公道を来たという体裁なので、補給線の断裂を予想するまでなら大丈夫だろう。


 魔物に遭う前に話していた内容だしね。


 とはいえ、だ。


 どしたんターニャちゃん?! もう帰ろうよターニャちゃん! なんで会話に入ろうとするのターニャちゃん!!


 魔物の有無といい補給線の断裂発言といい情報伝達が早い。


 おそらくは何らかの通信手段があるのだろう。


 ダンジョン都市でのこともあるし、ここは大人しく下がった方がいいと思うのだが……。


 分からん、なんでここでマスターと会話する必要があるのか。


 開拓村産のジト目がマフィアのボス面したマスターを貫く。


「……戦線は、例年と同じ……じゃなくなった」


「そうだ。そこまで思い至ったか。大した餓鬼だな」


「……優勢」


「二択だろう? なんでそっちだと思った?」


「……冒険者、だから」


「――――フハハハハハハ!!」


 突然の銅鑼どら声に、それが笑っているのだと気付かなかった。


 獣の吠える声だってまだ穏やかじゃない?


 しかしビビリ散らしていたのは俺だけのようで……逞しいというのは女性の為の言葉なんだなぁと再認識。


 未だに悩んでいるリーゼンロッテとぼんやりジト目、どちらがマイペースなのか甲乙つけがたいところだろう。


 笑い始めるのも突然なら、笑い止めるのも突然なのか、ピタリと笑い声が止んだかと思えば、再び厳しげな視線が襲い掛かってきた。


「――――北の公道から来たのか?」


 虚偽を許さないという――下手すれば先程リーゼンロッテにぶつけられたプレッシャーよりも強い視線だった。


「……うん」


 対するターニャは別に屈したわけでもなく平常心。


 当たり前のことを「当たり前」だと答えている。


 ――しかしここにいるノミの心臓には無理でして……。


 後半の会話の中身こそ理解出来なかったが、『北の公道』というワードにビクついてしまった。


 視界の外にあるリーゼンロッテならともかく、対面にいるオヤジを誤魔化すには無理がある。


 見咎められたのかターニャを映していた灰色の瞳がチラリとこちらの影を拾う。


「……成程な」


 何がかな? 別に悪いことしたわけじゃないから僕わからない?


 崩れていた道を幼馴染の指示で越えて、飛び掛かる火の粉を払ったというだけだ。


 旅人的におかしくない……おかしくないぞ!


 そんな発奮の元、なんとか精神を平静に保つ。


 ジロリとこちらを睥睨していたマスターが細い息を吐き出した。


「……七剣と紐付いてるなら問題ないだろう。これでだ」


 全っ然紐付いてないしなんなら関係ないけど勘違いしてくれてラッキー!


 よしズラかろう、もはや一刻の猶予もない。


「……一つ教えて欲しい」


 ターニャちゃん?


 先程から会話の主導権がなんとなくターニャに握られている――それはマスター含めこの場の全ての、とも言える程だ。


 ――――異彩、放つ。


 そう、誘導――というより導かれるように会話が進んでいる。


 ターニャが求める方向へと。


 しかし長々と話を続けることにはデメリットしかないと思うのだが……。


 ターニャは何を見据えているんだろう?


 おそらくは核心とも言える問い掛けを、ターニャが放つ。


「……?」


「…………参ったな」


 ギシリと椅子を揺らすマスターが、初めて視線を外した。


 しかしそれだけでターニャには充分だったのだろう、持っていた紙をリーゼンロッテに返すと、こちらに目で合図を送ってきた。


 急いでる時のターニャさんや! こっちはもっと前から急いでたっちゅうねん?!


 未だに「補給……補給?」と呟いていたリーゼンロッテが目をパチパチさせている。


「え? え?」


「待て」


 部屋を出ようと踵を返す俺達に、ドスを利かせた声が降り掛かる。


「……お前達、名は?」


「……ターナー」


「レライト」


 どうせそこの貴族のお嬢様にバレているので、ここで偽名を使う意味もないと正直に答えて扉を開けた。


「……冒険者になるんなら歓迎だ。いつでも門戸は開けておく」


 ごめんだね。


 足早に扉を潜ったターニャの後を追い掛ける。


 すれ違うように騎士の人を追い越して会釈する。


「お世話になりましたー」


 礼儀ね、礼儀。


 ギロリと睨まれただけで引き止められることはなかったけど。


 ――――引き止めたのは別の人物だった。


「待ってください! ターナー、レライト! 認められません!」


 何が?


 ズラかる時は早歩きという共通認識の元、毛深い絨毯が敷かれた廊下を引き返していると、一拍遅れて顔を出したリーゼンロッテが吠えた。


「……失敗」


 ポツリ呟いたターニャの言葉が沈黙の落ちる廊下に響いた。


 何が?


 とにかく逃げたいという意識に突き動かされていた俺としては、今がどういう状況なのか分からない。


 ターニャは何を急いで、リーゼンロッテは何を認められないのか?


 ズカズカと廊下を近付いてきたリーゼンロッテが、おそらくは答えとなる紙を突き出して教えてくれた。


「既に徴集されています。さすがに子供を戦地に行かせるなど認められません」


 それはテッド達が受けた依頼――というか戦争に参加する旨が書かれた来歴であった。


「…………うええええええええええええええええええ?!!」


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