第162話
綺羅びやかな調度品が並ぶ無駄に広い部屋だった。
廊下よりも更に毛の深い絨毯に、見るからに高級感漂うソファー。
質感の良さそうなカーテン、明らかに高そうな気配のする書類が入った棚、分厚いガラス製のテーブル。
モダンな雰囲気の帽子掛けまであるのは何故か?
どう考えても偉い人の部屋だろう。
マスター言うてたし。
見た目に惑わされることのないマイペースな異性方と、絨毯に体重を乗せない方法を模索する俺が入室。
ビクビクしながら幼馴染の後に部屋に入り、閉められた扉を名残惜しげに見つめた。
……なんか、こう…………ギルドで揉め事を起こしたのにギルドマスターに見初められるという展開が好きだったのだが……。
ああいう物語の主人公的な人は緊張とか消沈とかしないのかな?
俺はする、めちゃくちゃしてる、帰りたい。
別に悪いことして呼び出されたわけじゃないのに、もうこの空気感が嫌だ。
たとえ豪華な調度品に包まれようとも、校長室並みに興味が出ない。
もっとパッと情報を渡してワッと帰れるようにしてもらえたらいいのに……。
それが小心者には最大限の気遣いなのだと何故気付かないんだ! 二次会に誘うオヤジか?!
やや混乱しながらも作法が分からないので大人しくリーゼンロッテの後に続く。
マホガニーっぽい机の向こうには、俺が今まで思い描いていた『これぞギルドマスター!』な人物が葉巻っぽい物を咥えていた。
ここでそんな思い通り要らなかったけどね?! プレッシャーが増すだけだから!
短く切られた灰色の髪に同じ色の瞳、顔には無数の傷を付けて紫煙を吐き出している。
いかにも筋肉がありますとばかりにスーツを盛り立て窮屈そうに椅子を揺らす――――どう見てもマフィアのボスっぽい人がそこに居た。
もしくは歴戦の傭兵。
手元にあるのがナイフと酒というのがなんともまた……。
葉巻を切る用とかだよね、たぶん……うん、たぶん。
ドキドキしている平民とドキドキしていないであろう平民を引き連れたリーゼンロッテが一歩前に出る。
「お初にお目に……」
口上は途中で遮られた。
マスターとやらが手を上げたからだ。
ただ上げたわけじゃない、置いてあったナイフが消えている。
「……随分な挨拶だと思うのですが?」
いつの間にか消えたナイフを、これまたいつの間にかリーゼンロッテが握っていた。
肉体強化魔法しか掛けていなかったので見逃したが……マスターが投げてリーゼンロッテが取ったという認識でいいのだろうか?
つまり修羅場ということだ。
ターニャ、そろそろお暇しようか? ね?
「規則を曲げようっていう輩には丁度いいだろ」
ボソリと呟かれた声の低さに鳥肌が立ちそうである。
だというのに、何故か笑みを浮かべるリーゼンロッテ。
ちょっと頭おかしい。
「あの規則は冒険者保護の精神に基づくものでしょう。私は悪用をしません」
「善い悪いの話じゃない。俺の頭を越えて話そうとしてることに問題がある」
「つまり?」
「気にくうかくわないかだ、七剣」
「ご挨拶が遅れました。リーゼンロッテ・アンネ・クラインと申します」
ビリビリと。
曰く言い難い衝撃が肌を差す。
あれ? 予想よりも大変なこと頼んじゃった?
そもそもお願いしていないという言い訳は……効かないんだろうなぁ。
「随分な自信があるんだな? その若さで七剣を拝受するだけはある」
「若さで言うのならアドミオット様の記録があるではないですか。私はまだまだです」
「あれを目指してる時点で化け物だ。冒険者ギルドに対抗出来る駒は多くない」
「噂に聞く
一段と膨れ上がったプレッシャーに――ようやく気付く。
あ、これ喧嘩売ってるのお嬢様の方やん。
これまでの経験(不本意)が活きたのか、咄嗟に身体能力強化の魔法も並列で発動させてしまう。
併用強化の副次効果で感覚が研ぎ澄まされた。
――――だから気付けた。
気付かれたことに気付けた。
ふとマスターとやらと視線が合う。
思わず顔を伏せてしまったが、間違いない。
……き、気付かれた、気付かれたよ?! 間違いなく魔法の発動に気付かれた! 火に油っぽいことしちまったあああ?!
もしかして魔力が見える人だろうか? ダンジョンの中で聞いた話じゃ、魔力や魔法の痕跡というのは目で見えないということだったのに。
肉体強化が気付かれていたかどうかは今となっては分からないが、今の魔法には勘付かれている。
ズ…………ズラかるか? たぶんこの人、超強い。
俺のドキドキが破裂するのが先か、リーゼンロッテの膨れ上がり続けるプレッシャーが弾けるのが先か。
緊張の一瞬――――に、空気を萎ませるように紫煙を吐き出したマスターさん。
短くなった葉巻を灰皿に押し付け、引き出しから紙切れを三枚取り出すと、ツイッとこちらに放ってきた。
そんなに上手いこと飛ぶわけがないのに、投げられた紙は何かを抜こうとしていたリーゼンロッテの手に納まった。
僅かだが間違いなく、今魔力を使って何かした。
しかし俺に気取られたことなんて痛痒も無いとばかりに平然と続けるマスター。
「国軍への借りは、それでチャラだ」
「……そうですか」
ええ?! なんで残念そうなんこの
些か残念そうなリーゼンロッテを放って、マスターがこちらを向いた。
「ところで……そいつらはなんだ? 護衛は立てないという話じゃなかったか?」
ドキリ。
「子供ですよ? 大仰に取らないでください。彼女達は私の…………友達です」
いや違いますけど?
「そうか……」
ジーっと見つめられているのを感じて視線を逸らす。
どうやらリーゼンロッテはこちらの事情を汲んでくれているのか、抜き出した情報が俺達関係だと話さないでいてくれるらしい。
脇に控えるターニャに自然な感じで、恐らくはテッド達の所在が書かれた紙を渡している。
「それに借りというほどのことでもないでしょう。私がこの街に着いて、今朝方には取り止めになりましたし……少々八つ当たりも含んでいました」
気を逸らしてくれようとしているのか、こちらが知らない話を続けるリーゼンロッテ。
さっきの国軍とやらのことだろう。
「仕方ない。バカ共は消え、お土産も何故か台無しになったからな。ありがたいことに」
「巨獣種という話でしたが……」
「違うな。デカいことは確からしいが、虫型だそうだ。どういうことか、成長が信じられん程に早いらしい。寿命か魔石か……なんらかの犠牲を強いているんだろう」
「初陣だったので……思うところもありました」
「知らんな、
真剣に話す二人に汗がタラリ。
俺のドキドキだけは継続中のようですよ?
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