第161話


「……美味しいですね」


「……おいしい」


 護衛なのか数人の騎士に囲まれながら食べ歩きをする美少女が二人。


 ……華やかだなぁ。


 その一歩後ろを歩く村出身の地味顔とは比べものにならないよ。


 なんせこちとら連行されてるようにしか見えないもんで。


 馬車付きのメイドさんを隣りに……もはや口元の痙攣は持病なのではというぐらいピクピクさせているメイドさんを隣りに、振り返っちゃいないけど後頭部を押し潰さんとする騎士の視線を受けながらの行軍である。


 別に心が読めるわけではないけれど、訳すと『うちのお嬢様に妙なもん食わせんじゃねえよ!』といったところだろうか。


 芋を拾ったところは当然ながら見られているわけで、つまりは一度落とした物を高貴な方に食べさせているのですよ……。


 ちゃうねん、いや…………ちゃうねん。


 何処を走らせて何処に向かっていたのか知らないが、冒険者ギルドに着いたという知らせがあったのだ。


 馬車を降りるタイミングを逃すわけにもいかず、ポテトチップスと呼ぶにはやや肉厚なそれを、携帯出来るようにと串に刺したことに罪はなかったと思う。


 なんかそういう形態のポテトを前世で見たことがあったから。


 しかし味なのか形なのかは分からないがリーゼンロッテお嬢様の興味を引いてしまい……。


 貴族が平民とジャンクフードを食べ歩くという事態になってしまったのだ。


 しかも俺が胃痛ポジで調理をしている間、何故かターニャと仲良くなってしまったものだからメイドさんの圧は今や目に見えんばかり。


 騎士の反応は『ああ、またか』派と『何してくれてんだこの野郎!』派に別れたが、だからなんだというのか?


 前者が前を、後者が後ろを護っている限り、俺に向けられる視線の数に変わりはないのだから。


 冒険者ギルドだという瀟洒な建物の前の道を歩いている。


 ダンジョン都市の冒険者ギルドとは違い、こちらは馬車を停めるところがあった。


 建物も新しく、大きさは似たようなものだが、こちらは三階建てのようだ。


 外付けの階段から職員さんが上がっていくのが見えた。


 何故そんな階段があることを知っているのかというと……俺達もそちらの方へと赴いているからだ。


 正面から入ることが無くてホッとするべきなのか、職員用の通路を無断で使用出来る権力にドキドキするべきなのか。


 まさに裏口と呼べる階段を登る。


 さすがに護衛の騎士と並んで登るには狭すぎるため、リーゼンロッテとターニャが、俺とメイドさんが隣り合わせになった。


 その前後に騎士が付く。


 育ちが良いせいなのか食べている間は喋らないお嬢様と、元々あんまり喋らないターニャの咀嚼音を聞きながら、時折混ざる「ギリッ」という音にビクついている。


 おそらくは歯軋りかなぁ……誰のものかは確認しないけども。


 油で唇をテカテカさせた少女が、無くなってしまった串を驚いたように見つめた。


 これもどっちとは言わないけど。


「あ、ゴミは自分が……」


 ちゃっかりとリュックを背負っていた荷物持ちが、驚く少女達に空になった串の回収を告げた。


 『ここでお別れですよね?』という意味を暗に示している。


 ほら? 荷物持ってるよ? もう帰りたそうだよ? そろそろ日も暮れるよ?!


「ありがとう」


「……ん」


 分かっているかどうかは微妙です。


「手に油が付いてしまいましたね」


 ゴミの受け渡しになってようやくそのことに気付いたと瞳をパチパチさせるリーゼンロッテ。


 直ぐさま動いたメイドさん。


 どこに持っていたのかレースをあしらったハンカチでリーゼンロッテの手を丁寧に拭く。


 ……俺の服で拭う幼馴染にも見習って欲しいもんだ。


「……ん」


「いや、もうないから……」


 もう一本と手を出したターニャに、じゃあなんで手を拭いたの? と訊いちゃいけないんだろうなぁ。


 口元まで拭われたリーゼンロッテがこちらを振り返る。


「ごちそうさまでした。ああいう物を食べたのは初めてです。以前より肉の切れ端を串に刺して焼く料理があることは知っていたのですが、なかなか機会に恵まれず……逃し続けていました。『七剣』になってから折より食べる機会もあるだろうと狙っていたのですが……良き出会いに感謝ですね。ありがとう、レライト」


「……どういたしまして」


 全然同意してないけどなあ!


 なんか俺の後ろにいる騎士さんが剣の柄を握ってんだけど? なんでかなあ? 不思議。


 ぞろぞろと階段を一番上まで登り、おそらくは鍵が掛かっていたであろう扉を騎士が開けた。


 どうやら声を聞く魔道具でもあるのか、扉のところで二言三言と会話が交わされていた。


 扉の向こう側は結構広く、職員専用だと思われる廊下には赤い絨毯が敷かれていた。


 壁掛けの絵や、金持ちが何のため置いているのか分からない壺なんかも見られる。


 ……本当に冒険者ギルドかな? ダンジョン都市と違い過ぎない?


 それともダンジョン都市にもう一つあるギルドの中もこんな感じだったのだろうか? あっちは中まで知らないので分からない。


 競りが行われていた大きな倉庫という印象だったのだが……。


 こういうお役所チックなところもあるんだな。


 その最奥と思わしきところまで歩くと、これまた装飾や彫りが施された高級感溢れる扉の前で、職員だと思われる細身でスーツの男が頭を下げてきた。


 リーゼンロッテが集団の一歩前に出る。


「お待ちしておりました。まさか『七剣』であるリーゼンロッテ様に生きているうちにお逢いできるとは望外の喜び。末代までの自慢とさせて頂きます」


「未だ末席に名を連ねたばかりの若輩者には過分な表現でしょう。先触れは届いていますね? マスターは?」


「中でお待ちです」


 丁寧な所作で扉を開けて再び頭を下げるスーツの男。


 それを当然とばかりに受け取って、部屋に入――――ろうとしたリーゼンロッテが振り向く。


「ターニャとレライトも共に」


「リーゼンロッテ様」


 騎士の一人が声を掛けた。


「その方が話が早く済みます」


 ……良いか悪いかの判断が付きかねないところだが、これで確実にテッド達の情報が貰えるんなら……。


 などと躊躇しているうちに、うちの姐さんがのんびりと歩き出したものだから付いて行かないわけにもいかず。


 お、置いてかないでえ?! こんな針の筵に! 別に色に狂った覚えなんてないのにそんな地獄を体験させないでえ?!


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