第160話


 案内もクソも地元勢ではないという説明に、この街に何をしにきたのかと返されたので、正直に話した。


 別に隠すことでもないし。


 幼馴染の捕縛である。


 捕らえて殴って……間違えた、殴って捕らえて殴って連れて帰るためなのだと。


「しかし成人なのでしょう? それに……よくないですか、冒険者? 自由をその手に勇気を背負い、己が腕だけを信条に、栄光への道を切り拓く……まさに男児の憧れでしょう」


 いいえ全く。


 実際は体のいい自由業か代えの効く鉱夫みたいなもので、安定を選ぶなら村人一択で間違いないだろう。


 平均寿命の高さや持ちつ持たれつ村内保険を考えれてくれ、どちらが良いかなんてハッキリしている。


 結局のところサラリーマンが一番なんだよ、夢見がちな少年少女には分からなかったかなあ? んー?


「あ、はい。そうですね、憧れます……」


 しかし鼻息荒く瞳をキラキラさせて語る少女に現実を突き付けるのも大人げないなと思ったので事無かれ。


 別にビビッたわけじゃない。


 忖度したのだ。


 ちなみにケニアの件は伏せている……この正義感が服を着ているような少女に話すと更にややこしくなりそうだったから。


 俺の相槌に気分良く頷いた少女が続ける。


「後で私の方から冒険者ギルドに問い合わせをしておきます。冒険者になるならないは別として、出奔はあまりよくありませんからね。これで直ぐ見つかると思いますよ? 良かったですね」


 ……冒険者ギルドで冒険者の照会はしてくれないという話だったのだが……それを曲げるって…………どんだけ権力者なのだろう。


 あかん、想像以上にヤバい相手だった、ターニャ助けて。


 チラリと流し見た幼馴染は、分かっているとばかりに三杯目の紅茶を飲み干した。


 なんという意思伝達……これが幼馴染の力だというのか?


「……お腹空いた」


 何も伝わってなかったよ。


「大丈夫、空いてない」


「……空いた」


「空いてない」


「空いた」


 あれ? 言葉にしても伝わらないよ? 今の状況分かってる?


 行動力が限界を突破している幼馴染達の中にあって、ターニャだけ大人しいというわけもなく……。


 この危機的状況下にあってゴソゴソと直したばかりの芋を取り出そうとするではないか。


 ケニアやテトラもそうだったけど、まず最初に常識ってものを教えるべきだったね? ほら見てよ、メイドさんの視線が冷たい通り越して刃物だから。


 あわあわしながら梃子でも動かないターニャを引き剥がすべく魔法を使うかどうか悩んでいると、クスクスという笑い声が聞こえてきた。


 流し見れば金髪少女。


「ああ、すいません。珍しい遣り取りだったもので、つい。そうですね、こちらが無理矢理にと同行を求めたのですから、食事ぐらい奢らせてください」


「……いい。芋があるから」


「……そういえば、そのお芋は……」


 あ、バッカ、ターニャ、黙ってろよ。


「拾うのを手伝った手間賃で貰ったんですよ」


 深く考えさせてなるものかと、なんでもない風を装って告げた。


 勿論、あのハゲと交渉したわけではない……そんな時間もなかったし。


 事後承諾ってやつですよ、あるある。


 僅かな沈黙の後に、仕方ないかと息を吐き出す少女にガッツポーズ。


 よし通った、つまり貴族公認ということでいいね?


「仕方ありませんね……。それじゃあ、こちらで調理しましょうか? ここには簡易的な調理場も付いているので、簡単なものなら作れますよ。何がいいですか?」


「……薄切り揚げ芋」


「わかり……ませんでした。う、薄切り?」


 おう、それ前に一回だけ作ってやったやつ……よく覚えてたね? ここでそれをチョイスする意味は分かんないけど。


 手間掛かるやつや。


 表情に困惑を混ぜる少女に待ったを掛ける。


「あ、大丈夫です。自分が作れるので……どこか適当なところに降ろしてくれたら、そこで……」


「調理場の心配ですか? 大丈夫ですよ、貸すことに問題はありません。どこか別の場所を探す方が手間でしょう。ミーア、手ほどきを」


「畏まりました」


「それと…………本当に今更なのですが、自己紹介をしておきますね。私の名前はリーゼンロッテ・アンネ・クライン。リジィと呼んでください」


「お嬢様、それは……」


 畏まって頭を下げていたメイドさんが初めて苦言を呈した。


「構いません。私が許すと言っています」


 いや構うよ、俺は許してくれって言ってんだ。


 いや言ってないんだけど。


 まさか人前で貴族を呼び捨てに出来るわけもなく……公的な場はもちろんだが、これから先もプライベートで関わることなんてゼロに等しいのだ。


 つまり使いどころがないわけなのだよ、分かる?


「……リジィ。わたし、ターナー」


 ビキッ、と効果音が鳴りそうなほど一瞬で青筋を立てるメイドさん。


 ……これあれだよ……馬車を降りたところで人知れず斬られちゃうパターンだって。


 芋を、拾った、だけなのに……。


「ターナー……ですか? い、良い名前ですね」


「……わたしも、そう思う」


 嘘つけ! この空間における女性が皆嘘つきやぞ?! どないなってんねん高い馬車! 本音もコンバートされるんかい?!


 満足気な表情のリーゼンロッテがこちらを向いた。


 どうやら次は俺の番のようだ。


 貴族ってやつは直ぐに平民を踏みつけ殺したがる。


 ノゥ?! と言える日本人だった過去がある俺としては、流されてしまったターニャに見本を見せてやろうと思う。


 俺は真実ほんねでぶつかった。


「リーゼンロッテ様、自分はレライトと言います。忘れてくださって構いません」


 むしろ忘れてください。


 下に下に出るのが俺の本音だ、嘘は良くない。


 呼び捨てじゃないことに少し引っ掛かった表情のリーゼンロッテだったが、無理強いはしないのか笑顔で頷いた。


「レライト。大丈夫ですよ、ちゃんと覚えましたから」


 ……頷くって了承っていう意味合いだと思ってたんだけど……これだから異世界ってやつは!


「これで自己紹介も済みましたね。……それで、レライトが作れるんですよね? その……ターナーが食べたいという薄切り揚げ芋を。――ミーア」


「畏まりました。レライト様、こちらへ……」


 こちらの顔も名前もバッチリと記憶したであろうメイドさんが、完璧な笑顔で誘ってくれる。


 リーゼンロッテから死角になっているところに青筋が無ければもっと良かった。


 これから切り刻まれるのは芋か俺か……。


 馬車の隅に設置された調理場処刑台へ、俺はのそのそと向かって行った。


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