第159話


 お高い馬車って揺れないんだな……。


 でもどうしよう? まだケツをガンガンに攻めたてる馬車の方が良かったと思ってしまうんだけど?


 返事はイエスかハイという究極の問い掛けに釣られ、両手に芋を抱えたまま金髪少女の馬車へと乗せられた。


 本当に動いてるのかと馬車の外を見れば、流れる景色から並行する厳しい表情の騎士までハッキリと映るじゃないか。


 恐怖映像だよ。


「気楽にしていいですよ? 不敬には問いません」


 そう言って柔らかく微笑む少女は、まさに慈愛の象徴のようだったが……。


 俺にとっちゃ地雷の総称で間違いない。


 ちょっとしたワンルームのような広さの馬車で、メイドさんがお茶など淹れてくれる。


 ソファーにテーブル、簡単なキッチンっぽいものまであるのだから至れり尽くせりである。


 じゃあ自分らの出番は無さそうッスねー、そんじゃこれで! と帰れたらどれだけ良かったか。


 戦利品の芋をリュックに直しつつ、少女の見えない角度で視線を凍てつかせるメイドさんが淹れてくれた紅茶に目を落とす。


 ……飲めねぇよ、この状況も紅茶も。


「……わたしは冷たいのがいい」


 それは状況ですか? 紅茶ですか?


 遠慮も容赦もない幼馴染が俺を更に凍てつかせる。


 ……これ以上はいい、これ以上はいいよ?! ターニャさん!


「そうですね……近頃暖かくなってきましたし、私も冷たいのをお願いします」


 高そうな紅茶を、しかし躊躇なく取り替えていくメイドさん。


 さすがに馬車の中とあって、同乗しているのは一人だけのようで、即座に交換とはいかないみたいだが……。


「さて。まずは何から話しましょう? …………やっぱり理由から訊いてみたいです。何故、あの方を庇ったのでしょうか?」


 その隙を縫って少女が話し掛けてきた。


 これにターニャと目を合わせるべく隣りを見れば、知らんぷりとばかりにそっぽを向かれた。


 おぅふ……随分とご機嫌斜めのようだ。


「あ、えっと……あれは、えーと」


 まさか相手をしないわけにもいかず、しどろもどろに続けた。


「……特に理由はないです」


 どうやらこの少女は経緯を既に知っていて、助け舟を出すためだけに近寄って来てくれたようだ。


 まさか肩透かしを食らうとは思ってなかったみたいだが……。


 恥の上塗りではないが、ここは正直に言っておこう。


 目をパチパチとさせる金髪少女。


 ……どうやらそれが驚いた時に出る癖らしい。


「そうですか……理由は無かったのですね……そう…………いいえ、やっぱりよく分かりません。あなたは随分と理不尽な理由で責められていました。相手に対しての怒りは無かったのでしょうか?」


「そりゃまあ……」


 無いわけないよね? むしろターニャが暴れ回るなら傍観する構えだったわけだし。


「では何故?」


「うん?」


「はい。……はい?」


 互いに意味が分からなくなって首を傾げ合う。


 庇った理由に関しては「特にない」って言ったよね? 何故ってなんだ? そこに相手への怒りがなんで関係してくるのかもよく分からない。


「……怒っていたんですよね?」


「あ、はい。もうめちゃくちゃ」


 ターニャさん、懲らしめてやりなさい……ぐらいには。


「なのに庇った?」


「あ、はい。ただなんとなく」


 絶対めんどくさいことになるよな、って思ったんだよ。


 今それ以上だけど。


 どこで間違った?


「……興味深い考えです」


 なんでやねん。


 意味深に笑う少女に、これどこまで付き合えばいいのか分からない村出身が愛想笑いを浮かべる。


 折よく出てきた紅茶で喉を潤した少女が続ける。


「悪感情は無かったのですか? 怒りがあったのは理解しました。ならそれに付随する気持ちもあったのでは?」


「え? あ、はい。ありましたありました」


「……あった?」


「え? ……はい、まあ。あります……よね?」


 こっちは小匙程度の善意と胸いっぱいの下心で芋を拾ってやったというのに、あろうことか泥を投げて来やがったのだ。


 こんクソハゲがあ! ハゲ散らかして逝ね! ぐらい思ってもバチは当たらないだろう。


 再び沈思する少女に、どこか居たたまれない気持ちが生まれてくる。


 え? なに? なんか間違ってる感じ? 正解しないとお家に帰れないんだろうか? だとしたらどう言えば納得するのか教えて欲しい、その通りに言うからぁ!


「……怒りも、悪感情もあったのでしょう? なのに相手の不遇を望まなかったのですか?」


「え、いや……望みましたけど?」


 逝ね、って。


 もうめちゃくちゃ望んでるよね? 最上級だよね?


「それは理屈が通りません。そのつもりなら、あの場でありのままを告げればよかった筈です」


 いや、それじゃあのハゲオヤジが死にかねないでしょ?


 互いの言っていることが分からずに再び傾げることになった両者。


 告げるべきことが分からず、お見合い状態で会話が途切れる。


「……レンは相手の不遇を思い描くけど、実現して欲しいと願ってはいないから」


 膠着状態に陥った状況にターニャが助け舟を出してくれた。


 しっかり紅茶を飲みきった後だと記しておこう。


「それは…………なるほど。違いなのですね?」


「……そう」


 ……なんだろう? 凄く不本意なこと言われてる気がしてならない。


 そんなことないぞ? 俺だって人を恨むことぐらいある。


 百回や千回じゃ足りないぐらいにはあるさ。


 なんなら向かいから歩いてきた学生が道を譲らないだけで深夜に五寸釘を探すぐらい心の狭い奴だ。


 ただ心が狭いということは小さいということでもあってだなあ?


 『こんクソボケが寿命より早く死ね!』なんて思っていたとしても、いざその時が来たら良心の呵責やら『何もそこまで』なんて気持ちが先行してビビッちゃうのだ。


 小心者の性なんだよ……そういうものなの。


 生き馬の目を抜く上流階級人には分からないもんだろうけど。


「そうですか…………それは、随分と甘い気がしますが」


 ほっとけ。


「まあ……そんな感じで」


 なんか丸く納まった感じもあるし波風立てまいと青筋を隠しつつ頬の口角を上げてやった。


「……しかし、本人がいいと言うのならいいのでしょうね。分かりました。大変面白い話でした」


 おう、それじゃ適当なところで降ろしてくれやボケェ。


 ターニャ姐さんの時間を紅茶一杯で買えると思うなよ。


「納得は出来ませんでしたけれど、理解しました。つまるところ…………私はあなたの願いを叶えるのに一役買ったのではないでしょうか?」


 全然。


「ならあなたも私の望みを叶えるべきですね?」


 全然。


「実は……急ぎの仕事が急に無くなって暇をしていたのです。なので、今日だけでいいので街を案内してくれませんか?」


 少し照れくさそうに言う金髪少女はとても絵になって、普段なら眼福とでも思っていそうなところだったのだが……。


 今日に限ってはそうとも思えず。


 ……めんどくせえ。


 と、心の声が顔に出るぐらいには疲れていた。


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