第158話


「見て分かんねえのか?! 部外者は黙っ…………」


 黙ってしまったからには部外者だったんだろうハゲオヤジ。


 赤から青へと変化の激しい顔色だなぁ、おい。


 人垣を割って現れたのは、白いシャツに青いスカート姿の少女だった。


 年齢は……おそらく成人といった域にある。


 テッド達と同じか少し上ぐらいに見えるが……そこは問題じゃなく――



 明らかに上流階級っぽい雰囲気を漂わせているのが問題だ。



 サラサラの金髪は陽光を弾きながら腰まで流れ、意志の強そうな青い瞳がハゲオヤジを貫いている。


 言葉遣いや物腰は柔らかく、人混みにあって尚光る全身は、生まれてからこれまでの人生において磨かれたのであろうことを予感させた。


 息を飲む美しさ――まさに魂を込めた珠玉の一作のような、完成された『美』がそこにはあった。


 唯一欠点を上げるなら……少女が履いている編み上げの黒いブーツと――腰に吊った剣だろうか?


 それすら押して『似合っている』と言わせる空気はあった……が、しかし。


 黒いブーツはまだ分かる、如何にも『固そう』な戦闘用を思わせる物だが、少女の雰囲気に合っていた。


 しかし剣……というか鞘は随分と地味な色合いで、そこだけ異物のようですらある。


 随分と暗くて重い緑色なのだ、なんでわざわざ? と首を傾げてしまいそうになるぐらい。


 それでも間違いない貴族の空気感に、誰もがその場で膝を着く。


 少女が通った後が、まるで影を踏むのすら恐れ多いと空いていた。


 おそらくは少女が乗っていたであろう重厚で高級そうな黒い馬車へと続いている。


 馬車の周りを固めていた明らかな騎士装束の数人が、慌てたようにやってくる。


 ここで俺達も周りに倣って膝を着いた。


 手の平を見せて手を上げてる奴まで居るが、芋を両手いっぱいに持っている俺達はそのままだ。


 ……なんだろう? 腹に据えかねない展開で味方してくれそうな美少女の登場なのに……『面倒だな』って思ってしまうこの感情は。


 なんならオヤジの相手で終わりたかったまである。


 ややこしくなりそうに感じるのは、少女から透けている『誠実さ』故か……。


「何をしているのでしょう、と訊いているのですが……」


 別に困るでもなく怒るでもなく、見極めんとする真摯な姿勢で、ハゲオヤジのハゲた部分を見つめる少女。


 おい、やめてやれ、無くなっちゃうぞ?


 真面目とも言える声や態度は、時に冷たい視線よりも凍てつく。


 ターニャの癇癪よりもケニアのお叱りの方が怖いよね? って話。


「あ…………は……、その……」


 答えられないハゲオヤジ。


 そりゃそうだろう、詐欺か癇癪だなんて言いにくい。


 自然と放たれている威圧感にオヤジがプルプルと震え始めたせいか、少女の意識がこちらに向いた。


「ではあなた達に訊きますが……何を騒いでいたのですか?」


 まず間違いなく貴族だというのは、追い付いてきた騎士っぽい方々の厳しい視線からしてそうだろう。


 少女自体は下々の者にも優しそうな雰囲気なんだけど……。


 騎士までそうとは限らない。


 なら答えは一つだ。


「別になんでもありません」


「……お人好し」


 ボソリと呟いたターニャの言葉が刺さる。


 うるさいなぁ……何も起こらないなら起こらないに越したことはないだろう?


「……なんでもない?」


「はい」


 不思議そうに問い返された声に頷く。


 少しばかり堅さが取れた声は、耳に心地良い歳相応の柔らかさがあった。


「…………騒いでいたように見えましたが?」


「へえ。そこのオヤジが芋を落としたことで慌てましてね? 拾ってくれー、拾ってくれー、と騒いでいた次第でして……へえ」


 ここぞとばかりにペコペコと頭を下げる。


 こういうのはやり過ぎなぐらいが丁度いいのだ、相手の興味を引かず、相手に引かせるぐらいがなあ!


 如何にも小市民とばかりに頭を下げる俺に、「そこのオヤジ」と呼ばれた時にビクついていたオヤジもホッと息を吐く。


 厳しい視線で周りを睥睨していた騎士装束も、表情に呆れた色を滲ませる。


 薄れていく興味にガッツポーズである。


 こっちゃ疲れてんだよ、これ以上足を止めさせてターニャの堪忍袋を試すのはやめてくれ。


 早くどっか行かないかなぁ、と既に終わった雰囲気で顔を伏せていたらクスクスという可愛らしい笑い声が降ってきた。


 あれ? なんで?


「ふふ、ふふふ、ああ、ごめんなさい? ふふふふ」


 妖精もかくやとばかりに万人を聞き惚れさせる笑い声や、口元を隠すという格調高い仕草だけで、息を飲む程に周りを魅了する少女。


 優しい雰囲気だったんだが……まさか自分の下民ムーブがここまで刺さるとは。


 驚きだよ。


 驚いている俺に違う違うと手を振る少女。


 まだツボに入ったままなのか、悪戯っぽい笑顔のまま話し掛けてくる。


「金針がどうこうという話じゃなかったかしら?」


 ――――げえ?! 聞こえてたんかい?! この性悪女め!


「いえ滅相もありません。時は金なりとかそんな言葉だったかと」


「そうかしら? 私には芋一つに金針一本と騒いでいるように聞こえたのだけれど?」


「まさか! それは些か高過ぎます。たとえ我が国の豊穣な大地と偉大なる太陽の恵みの結晶だとしても、一つで金針は行き過ぎでしょう。青き血が流れぬ下賤な身の上と言えど口が裂けても言えぬこと。おそらくは気紛れな風の精霊の囁きを耳にしたのだと愚考します。……さすがは貴き御方です、身共などには到底感じ得ぬ情景なのでしょう、感服仕りました」


 別に芋一つって言われたわけじゃないから嘘じゃないしぃ。


 どうにかして厄介事を回避しようと頭を回した結果だったが、驚いた表情で目をパチパチさせる少女に言葉遣いを間違えてしまったかと失策を疑った。


「随分と上手いこと口が回りますね……」


 しかしどうやら純粋に驚いただけのようだった。


 紛らわしいな、早く帰ってくんねえ?


 後はこの場の最高権力者である少女の裁定を待つだけだと頭を下げた。


 頑張った……俺頑張ったよ、オヤジ……これでダメなら化けて出てくんなよ? そもそもテメーが悪いんだからな?


 そうは言ってもこのまま解散な流れを感じるので、流血沙汰にはならないだろう。


 後味の悪いことにはなるまい。


 早く戻りましょうと言わんばかりの騎士の視線と興味の無さからは、無礼討ちされる気配もないと思う。


 解散だよ、解散。


 ――――しかし、予想外というのは予想が出来ないから起こるのであって……。



「貴方達、時間はあるかしら?」



 無ぇよ。


 掛けられた声に即答で返すも、心の中故に届かず……。


 後ろで溜め息を吐いた幼馴染に言い訳をさせて欲しいと願うばかりであった。


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