第157話
何食わぬ顔で北から西へと下る公道に合流した。
やはり落石なんかあったからだろうか……人通りが皆無だったので、誰に見咎められることもなかった。
時系列的にもセーフだろう。
崖を登ってからこっち、ターニャの歩ける速度で森を渡ってきたわけだし。
なんという完全犯罪……ターニャが怖くなる。
自分じゃないよ? 犯罪なんて考えたこともないんだから、んねっ!
ダンジョンの最奥にて拾ったリュックを背負い直しながら、草原の只中から見えてきた外壁を眺める。
「あれがマズラフェル?」
「……あれがマズラフェル」
両者初見もいいところなので、位置的には間違いないんだろうけど『たぶん?』が拭えない。
まだこちらの世界の街をダンジョン都市しか知らないのでなんとも言えないが……。
「随分と儲かってそうだなぁ……」
華々しいとでも言えばいいのか、遠くにある外壁はわざわざ白く塗られ、その存在をハッキリと主張している。
街があることには間違いがない。
鉄製である大門の前には荷物を満載した馬車の列が続き、その騒々しさは離れている筈のここまで届く。
ダンジョン都市のような物々しさはなく、行き交う人間も物騒な格好というよりか、どこか流行りを意識した装いだ。
それでも帯剣している人間もいるので、おそらくは冒険者なんだろうけど……。
それ服の方が金掛かってるんじゃない? と尋ねたくなるような服だったり、全身甲冑のそこまで必要ないんじゃない? といった装備だったり。
見栄えに気を使った者が多い。
防御力的に見るなら極端が過ぎるだろ……。
俺とターニャの服装はいつもの平服にマントを巻いた旅装なので、あそこに混ざれば間違いなく浮きそうである。
…………行きたくねぇ。
なんというアウェー感だろう……入るレストラン間違えちゃったまである。
正直あまり並びたいと思えない行列だったのだが、近付いてみると旅装の村人もそこそこ存在していて安心した。
華美な馬車列とは違い、徒歩列はそこまででもなかったようだ。
貧乏人には興味がないのか特に注目されることもなく最後尾に付けた。
大人しく列が進むのをターニャとゲームをしながら待つ。
暇潰し用にと買っておいたらしい知恵の輪っぽいやつをやった。
割と問題なく解いていったのだが、一つだけどうしても解くことが出来ず、ターニャと議論の末に知恵の輪に入っていた『一個だけ解けません』の紙を見つけ最後の解答はパワーという結論に至った。
「有意義な時間だったな?」
「……うん」
おそらくはその『解けない』知恵の輪を探す楽しみも考えて作られたのだろうけど……残念ながら全問制覇してしまったよ。
二度と遊ぶことがない知恵の輪を片付けていたら順番になった。
この街の門番も全身甲冑だ。
「二人で銅棒十五本だ」
割れねえよ。
しかしツッコむことなく大人しく支払った。
目立ちたくないという理由でギルドカードも提示していない。
別に拾得物を売ろうと思っていることは関係ない。
悪いことは一切してないから、うん、胸を張って小声で言える。
それにダンジョン都市と比べれば破格の安さだったこともある。
「おお……」
「……おー」
大門を抜けた先は、まだ門前だと言うのに凄い活況を呈していた。
まだ隙間があるなら詰め込むべきだと主張する物売りに二桁を越える馬車の行き来、ぶつからないように先導する整理員、途切れることのない人の波にそれを狙っているであろう露店。
目が回りそうである。
満員電車かよ。
「……」
「待てターニャ。まだ早い」
荷物から頭一つ出ている角材をターニャが握ったので、肩に手を置いて思い止まらせる。
きみ、昔からそういうとこあるよね?
妹が生まれた辺りからお姉さん意識でも目覚めたのか収まっていた癇癪が再発だ。
だから村の外はダメなんだよ……ターニャは人間だぞ? ターニャを解き放つな!
「まずは宿でゆっくりしよう。とりあえず一息ついて、それからテッド達を探しに行こうぜ。ね? 今日はもう動かなくていいから、買い出しも俺が行くから」
頑なに角材を離さないターニャに冷や汗を浮かべながら提案する。
街に着いて早々に投獄されたくはない。
それならまだパシリの方がいい。
「……そう」
パッと握りから手を離したターニャの気が変わらないうちにと足を早める。
この街は緩やかな丘の上にあるからか、街全体が微妙な坂になっていて、中央に近付けば近付く程に建物が高く見える。
見栄えという面でも比例しているので、値段という意味でも高そうな建物だ。
そんなところに泊まる金があるわけもなく、あまり立地が良くない方面を虱潰しに宿を探した。
路地のような道がない造りなのか、それっぽい建物までの行き方に難儀していると……。
坂の上からジャガイモがゴロゴロと転がってきた。
もったいない。
反射的にターニャと手分けして拾い集めた。
芽の処理もされているところを見るに、たぶん売り物の芋なのだろう。
チラッと転がってきた方向を見上げれば、慌てて降りてくるハゲたおじさんが見えた。
荷車にジャガイモを山のように積んでいる。
あーあー……なってねえなぁ、収穫じゃないんだから樽に入れるなり何なりして運べば良かったのに。
しかしこちらが手伝ったことは間違いないのだし、一割を期待しても構うまいと愛想良くおじさんを待った。
色々なシチュエーションを想定する俺は完璧だ……二割すら目指せる。
「あ……」
「バカ野郎!」
……開口一番怒鳴られる展開は考えてなかったな。
「テメェが拾い逃すからダメになっただろうが!」
はい?
唾を飛ばされながらおじさんが指差した先を目で追うと、道の隅っこにある湿った部分に芋が転がり込んでいた。
いや知らんよ。
「テメェがダメにしたんだからテメェが金払え! 金針一本だ! ビタ一本も罷らねえぞ! さあ払え!」
キレ散らかしながら怒鳴るおじさんに詐欺の可能性すら感じる。
……いやいや、どう考えても俺らのせいじゃないだろ?
でも本当にそう考えるキチガイってのもいるにはいるんだよなぁ……うへ、相手するんじゃなかったぜ。
このおじさんの性格が有名なのか、それとも詐欺の常套手段なのか、手伝わなかった通行人が見物を決め込んでいる。
都会は冷たいなぁ、なんて思っていたんだが……訂正するよ。
都会は嫌いだなぁ。
後悔しながらターニャに助けを求めると、ターニャの視線は角材の握りに向いた。
もう止めねえよ。
そんな俺の思いとは裏腹に――――制止する声は別のところから掛かった。
「――――なんの騒ぎですか?」
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