第156話


 手の平をデカ芋虫に向けて雷魔法を使う。


 しかしそれは予想通りと言うべきか、手の中で存在を主張するだけで伸びていかなかった。


 ……おーけー、大丈夫、予想していたから……悔しくない…………全然悔しくなんてないんだからね?!


 ……そもそもそれぞれの魔法にそれぞれ裏切られてるんだから、俺の心は釈迦が悟りを啓いた時よりもおおらかさ。


 ああそうさちくしょうめっ。


 水魔法はバケツ、土魔法は鎧にならず、火魔法は


 いずれにしても経験したことのある失敗で……また良くなることもなかった。


 魔法? ああ筋肉増強にいいよね? 使い過ぎるとトんじゃうけど。


 前回の使用時に感じたイメージとのズレもあり、攻撃の方向を定められない可能性を想定してターニャに距離を取って貰ったけど……値千金だった。


 だってめっちゃ格好つけて手の平を突き出しちゃったから。


 見られなくて良かったまであるよ。


 手の平でバチバチバチバチうるさいなんちゃって電撃を見つめる。


 まあいいんだ……たぶん威力が低く、当時を思えば魔力を注ぎ込んだところで上がることもないと分かっていたから。


 今は好都合。


 ……ただやっぱり飛ばせなかったのは痛い……近付かなきゃいけないもんなぁ。


 射程がゼロなので奴に電気を流すには触る必要がある。


 ――――仕方ない。


 うぞうぞと集まりつつある芋虫共の頃合いを見計って両強化魔法を三倍へと引き上げる。


 芋虫の動きそのものより、触手を警戒してだ。


 魔法に魔法を重ねると、消費魔力が倍々に増えていく。


 あまり多用はしたくないんだけど……用心のために魔力の節約をしていたことが活きた。


 問題ないだろう。


 幾重にも放たれた触手を隙間を縫うように避けて前進する。


 静かに感じる時の流れの中で、触手の先に透明な汁が垂れているのを見た。


 毒か涎か食べていたゴブリンの体液か……。


 どれにしろ勘弁である。


 ターニャの居る方へ伸びそうな触手は風刃で断ち切りながら、最初から相手していた芋虫に近付く。


 体液が漏れている傷口は体毛も切られているようで、ちょうどいいとばかりに接触。


 ……うえー。


 とても詠唱に感じられない言葉を思い浮かべながら再び雷魔法を発動。


 体の中の水分が蒸発して起こった衝撃が芋虫を襲う。


 パッ、と飛び散る体液にテンションが下がる。


 充分に焼けたであろうタイミングで手を放し、距離を取って様子を見た。


 他の芋虫の触手が追い掛けてくるのに比べて、感電させた芋虫の触手は力無く垂れ下がり、動きも痙攣するばかりで息も絶え絶えといったところ。


「……良さそうだな。もう少し長く焼く方がいいかな?」


 割と仲間意識はないのか、共食いはせずとも触手は構わず放ってきてたので離れるしかなかったが。


「……残りもとっとと焼いちまおう。これ以上食欲を減衰させられる前に」


 襲い来る触手を迎撃しつつ、再び前進を始めた。








「ちょっと焦げたかな?」


 体表の一部を黒く変色させた芋虫の山を見ながら呟く。


「……デカい芋虫」


「うちの村に虫食の文化が無くて良かったよ……」


 後ろからやって来たターニャに応えながら空中にバケツ三倍分の水を生み出して手を突っ込む。


 芋虫の体液を洗うために。


 念の為に回復魔法も発動させている。


 途中からちょっと後悔したのはナイショだ。


「あ、こら。あんまり近付くなよ、まだ生きてるかもしんねぇぞ?」


 ゴシゴシと念入りに手を洗いながら、全く躊躇を見せずに前へ進むターニャに注意を促した。


 残念なことに植生が違うのか汚れ落としの木の実が無いのだ……まさか珍しいものとは思わずに多くを持ってきていなかったことが誤算になった。


 あれにお金を払うのも悔しくて追加購入をしていない。


 所変わればなんとやら、ってやつだ。


 そんなことを考えながら、ちょっと赤くなっている手の平から顔を上げると、こちらの言うことを無視して芋虫に近付くターニャが見えた。


「……だから近付くなっつーんだよ」


 聞くわけないよなぁ……知ってた。


 仕方なく水を捨ててターニャの後を追い掛ける。


「やーめーろ、って。なに? まさかいい匂いがするとか言わないよね?」


 実力行使とばかりに肩を掴んで止めると、ターニャは前を指差した。


「……あれ」


「あれってどれ? おぉ、グロい……」


 焼け焦げた芋虫はそんなにグロくない。


 問題は奴らのだろう。


 ――まさかターニャさん?!


「なに?」


「何も考えておりませんとも」


 グッと握られた角材は警戒心の表れだろう。


 そうだね、ここは危険な森の中だもんね? 離れてる間、危なかったもんね? きっとそうさ。


 勇ましくも奴らの生存確認をするというターニャ様の後ろに邪魔にならぬよう控えながら付いていった。


 手やら足やらが散らばる猟奇的な現場は、芋虫の体躯で暴れたこともあり、折られ潰され引き摺られ、とても見られたものではなかった。


 ……今日はもう食事を断ろうと思う。


 そんな幼馴染の男の子がまさに芋引く中、ターニャは躊躇せずに屈んで何かを調べている。


「……見て、レン」


 いじめ、よくない。


「……ここ」


 青々とした幼馴染に紫々としたグロい何かを見ろという幼馴染。


 見なきゃ終わらないんでしょ? 見ます、見ますよ……。


 ツンと鼻にくる何かを息を止めて誤魔化しながらターニャの指差す先を見た。


「…………ちっちゃい噛み跡だな?」


「……そう」


 それで? とか言っちゃダメなんだろうなぁ……。


 猿っぽい魔物の脇腹にある噛み跡……首筋にある斬られた跡とは別口だろう。


 十中八九、あの芋虫…………。


 あれ?


 振り向いて確認すると、一軒家サイズの芋虫が焼けている。


 口のサイズもそれ相応で、とてもこの噛み跡の主には思えない。


「……まだある。どれも


 僅かに残る食い残しの歯型を追えば――確かにそれぞれ噛み跡の大きさが違う。


 まさか別の魔物が居たのだろうか?


 先程の暴れ具合を見るに、まさかシェアを許すような気性の持ち主とは到底思えない……。


「……たぶん、


「いや程があるだろ」


 思わずツッコんでしまったが後悔はない。


 元はどんな大きさだったのか……あまり考えたくはないが、食い跡からは猫程の大きさしか想像出来ない。


「……あ、お、え?」


 ちょっと不思議が過ぎると思うんだけど?


 これも俺が知らないってだけで、こっちの世界では普通の成長率なのだろうか?


 そんなバカな。


 ターニャに問い質そうとしたところで、戦闘時のままだった強化された感覚が、近付いてくる何者かの気配を拾った。


「――ターニャ、ズラかろう。誰か来る。もしかしたらそこの猿の追加かもしれん」


「うん」


 こういう時だけ聞き分けのいい幼馴染を連れて、投げ出していた荷物を急いで拾い、その場をさっさとズラかった。


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