第155話


 マズラフェルまでの森を往く。


「……」


「……」


 なんとなくそうなんじゃないかと思っていたから、どちらも声を上げることはないが……。


 ハッキリとした痕跡が残されている。


 おそらくは落石犯の一味のものだろう。


 近くにある街がマズラフェルだけなのだから、森に慣れてなさそうな奴らが、そこから来てそこに帰るんだろうと予想するのは簡単だった。


 俺達には関係ない……ないんだけど……。


 厄介事が付いて回るような不安感があるよね?


 実際に後を追っているのは俺達になるんだろうけど。


 相棒ターニャがどう思っているかは分からないが、特に何も言わないということは放置で構わないのだろう。


 やだなぁ……なんかこれ巻き込まれてない? マズラフェルをパスして戦争をやっている領地に直接行く……ってのはどうだろう?


 ……絶妙なすれ違いが生まれそうである。


 あいつらの軌跡的なバカを思えば一瞬足りとも足跡を見失うべきではない。


 ダンジョンがいい教訓となっている。


 もしくは手痛い裏切りにあったと言うべきか……。


 本当に、昔からの計画とやらはどうしたぁ? 散々ぶち上げていた将来の展望が直ぐに掴めそうな状況にあったというのに。


 未来が見通せて宝くじの当選番号があと一つだけ分からないような状況で、「やっぱり買うの止めた」はないだろう? どういう頭してんだよぉ……。


 しかも人一倍の守銭奴も居たっていうのにさ……俺、チャノスから奢られたことなんて一度もないんだけどぉ? 商家の若旦那なのに。


 今回の諸々にケリが着いたら、売店の朝食セットの生涯フリーパスでも貰わないと割に合わねぇよ、マジで。


「……レン」


 テッドには唯一蚊帳の外にしたテトラがめっちゃ怒ってるだろうから一緒に土下座してもらって、アンにはお土産を欲しがり過ぎて駄々を捏ねるモモの相手をしてもらう……お土産は買っていくけど、出すのはアンが涙目になってからだ!


 絶対だ!


「レン、レン」


「大丈夫、ターニャの分も謝って貰うから」


「……なんの話?」


「何って……」


 無断で村を出てきた俺達が鬼のように怒られるのを肩代わりしてもらおうって話だよ。


 特にターニャは未婚の一人娘なんだから、駆け落ちでもあるまいし許可なく連れ出すなんて…………あれ?


 いやいやそもそも偶然一緒になってというかどちらかと言えばターニャの策で――――


「レン、あれ」


「うん? …………おっわ」


 何か引っ掛かった気がするのだが、ターニャが指差した先にあった物のインパクトが強過ぎて色々と飛んだ。


 デッカイ芋虫が……魔物っぽい猿やらゴブリンの死体を食っていた。


 グロい…………果てしなくグロい。


 おそらくは魔物なのだろうが……生憎と見たことはない。


 虫が哺乳類を下剋上するという衝撃の光景だ。


 しばらくは夢に見そうである。


「……斬られてる」


「うん? ……ああ、ゴブリンとか死体の方のことか」


 頭頂から先に降りた奴らの足跡を辿るような形で進んできたので変なことでもないだろう。


 襲ってきた魔物を返り討ちにして、残った死体を漁夫の利で芋虫が頂いた、と。


 そういう訳じゃないか?


 咄嗟に体を低くして木の陰や岩陰に身を潜める俺とターニャ。


 まずは見つからないこと逃げることを学んできたここ数年、いつぞやの狼共との遭遇とは訳が違うのだ。


 村の教えはこうだ。


 美味そうなら殺る、臭そうなら逃げる。


 ここは『逃げる』しかないだろう。


 あれ食べるのは罰ゲームだよ。


 そもそも動物を狩るにあたっての注意であって、魔物を殺るためのものではない。


「あの見た目で肉食にくしょくってヤバいだろ……」


 どう見ても魔物。


 なんだよあれぇ、詐欺だろ常考ぉ。


 このまま逃げるべくルートを算定しようとする俺に、ターニャがジト目を向けてきた。


「……レン、倒して」


「うえい?! どうしたターニャ? 存在しない良心アピールか? ここには観客とかいないから本音でいいんだぞ?」


 分かってる……お腹空いたんだな? そうだろ? また鳥でも落としてやるから少し待ってろよ……。


 リュックに積んであった角材をグッと握られたので分かった。


 奴は本気だ。


「おら虫このボケェ! なんちゅうグロ映像流してんじゃい公害があ! 森の魔物が蛇に変わってお仕置きしたるわあ! 生態系なんやと思っとんねんんんん!」


 ヤケクソですが何か?


 街の近くで竜巻を出すのもどうかと思ったので、単発の風刃を乱舞。


 しっかりと斬れているのだが……何分デカいので効いているのかどうか分からない。


 ちょっとした一軒家サイズの芋虫、表情は無く目玉模様のある体表は緑色。


 口から覗く黄色い触手と申し訳程度に付いている黒い目玉がこちらを向いた。


 見た目通りとも言える反応の遅さだが……まさか効いてないとかないよね?


 派手に黄色掛かった体液を撒き散らしている割には『なあ〜に〜?』とでも言わんばかりの振り向き方だった。


 岩陰から飛び出したはいいものの……どうしよう? 触りたくない……。


 基本的にぶん殴るが手段の主戦闘、体表にビッシリと生えた細い毛との接触は不可避。


 出来れば魔法だけでなんとかしたい。


 見た感じ火に弱そう種族なのだが……。


 森なんだよねぇ。


 傷口は増えていってるので、このまま押し切れたりしないかなぁ。



 ――なんてことを考えていたからか。



 触手が鞭よろしくその身を撓らせながらいきなりと伸びてきたことに驚いてしまった。


 僅かに遅れた反応のせいか、ギリギリのタイミングでスレスレを過ぎていく触手。


 バチィ! という空気を叩く音が威力を物語っている。


 両強化魔法を二倍で発動していたからなんとか躱すことが出来たが……その一撃は俺の目を覚まさせるのには充分な脅威だった。


 運搬役としてダンジョンに潜った経験から言わせて貰うと……。


 こいつ、ヤバい


 ……少なくとも並みの冒険者じゃ歯が立たない筈だ。


 そんな魔物が、こんな所に……。


 公道からは離れていると言っても、街に近い森の中である。


 それだけに将来の被害が想像出来てしまう。


 ……見えてるだけで七匹か。


「ターニャ、離れてろ。念の為」


「……わかった」


 未だ視界には入っていないであろうターニャだったが、これから使う魔法を考慮して更に離れて貰う。


 ヤル気満々の芋虫が触手をヒュンヒュンバチバチと鳴らしている。


「……お前らを焼く手段が、何も火だけと思うなよ?」


 対抗するように、俺の手の中に生まれた紫電が空気を破裂させる音を響かせた。


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