第153話


 どうにか抜けられそうな所を探して進むと言うと、行商人にあっさりと別れを告げられた。


 引き止められたり心配されたりはなく、値段交渉から入るというのだから……商人ってやつはいけ好かない。


 『まず商機、そして何はなくとも金がある』とはチャノスによく聞いたもんだけど。


 よくやるよ。


 どういう話術を使ったのか、ターニャは支払いを銅棒一本で済ませていた。


 ……よくやった。


 これで俺の払いも軽くなると思っていたら、二人で銅棒一本だと言う。


 …………どうやった?


 不思議に思いつつも後ろ髪を引かれることなく笑顔で下車が出来た。


 こっちを心配して声を掛けたと言っていた商人よりも、目の前の席に座っていたお姉さんの方が、これからのことを心配してくれたという。


 ガラガラと車輪を跳ねさせながら戻る馬車を見送って、人通りが無くなったところで準備に入った。


 まず魔法、そして何はなくとも力あり……ってね。


 両強化の二倍を発動しつつ、少しばかり回復した魔力を減らす。


 抱きかかえる余裕が無さそうなターニャを背中にしがみつかせ、離れないようにとロープで縛る。


「……ここ以外にも良さそうな場所がありそうなんだけど?」


 チラリと仰ぎ見た壁に、思わず文句が漏れた。


 でも事実だ。


 のんびりと『何処からでも二人ぐらいなら向こうに行けそうだな』と眺めていた時に、越えられそうな箇所のチェックはしていたのだから。


 相棒はいつものジト目で首に巻き付いてくる。


「……ここが一番楽」


 それはどっちのことを言ってんの?


 姿勢か? 場所か?


 溜め息を吐きながら腕や背中に荷物の持ち手を通す。


「では登頂」


 登り易そうな岩肌に手を掛けた。


 そして一歩(?)目から早々に、脆くなっていた壁は力を入れると崩れて落ちた。


 …………ふむ?


「欠陥品か……。安くて便利だからって使い捨て頻度が上がるのはどうかと思うよ? そりゃ何度もお買い上げ頂いた方が商売の機会は増えるんだろうけど……」


「……レン」


「多少高くてもしっかりと長年使えるものをユーザーは求めてんだよ。やれやれだな」


「……力入れすぎ」


 いや、それは仕方ないんだ。


 だってそういう魔法だし? しかもこれまで弱い方に出力を安定させるような場面があっただろうか?


 結論。


 オレ、ワルクナイ、世の中が悪い。


「壁に罅入れるんなら楽なんだけど」


 それじゃダメかね?


 思わず寄せられた顔を横目で見れば、溜め息を吐き出したそうな雰囲気を漂わせている幼馴染の無表情があった。


 ……長い付き合いというのは察さなくていい事まで察してしまう。


「……わたしが指示するから」


「イエス、アイマム」


「……右三歩、右手をあそこに引っ掛けて」


「ヤー」


 ターニャ指導の元、ロッククライミングに挑んだ。


 自分の力だけで壁を登るというのは妙な気分だった。


 横移動じゃなく縦移動というのが、そういう気持ちを生むのかもしれない。


「そういやぁ、昔は皆で木登りとかしたよなぁ」


「……レン、おじさんっぽい」


 ズバリ的中させないでくれるぅ?


 なんとなく振り返っちゃうものなんだって! いやほんと?!


 ここで「ターニャも大人になれば……」なんて言ったら、おじさんを加速させるかセクハラで逮捕されるのが安定、いや案件。


 黙して語らずが大人なんだと……大人になってから知ったよ。


 そこにはハードボイルドさとかニヒルさとかは無く、実はただただ哀愁しかないんだってこともね。


 いい言葉だよね、ハードボイルド。


 誰だか知らんが全おじさんを代表して御礼申しあげるわ。


 そんな沈黙の三十分が過ぎ去れば、頂きだって見えてくる。


 ここまでくれば、いざとなったら『三倍』でひとっ飛びだろう。


「……左足を脇腹のとこまで上げて」


「ヤー」


 こんな味気ない会話ともおさらばである。


「ターニャ、もう大丈夫だわ。ほら? もうそこが頂上だから」


「……これでだいぶ短縮出来た」


「確かにそうなんだけど……その考え方もどうかなぁ?」


 馬車だったらジグザグに登っていかなきゃ行けないので、山越えに一日掛かることもあると言う。


 魔力の回復している間に半分まで来れたのだから馬車様々だろう?


 最後まで油断することなく絶壁を越えて山の頂に降り立つ。


「ふぃ〜〜、着いたぁ……。どうするターニャ? 魔力はギリ五割程残ってるけど……進む?」


 山の上でもなければとうに沈んでいたであろう夕日を見ながらの提案だ。


 ……こういう景色が見れるのは、異世界に来て良かったなと思う数少ないポイントである。


 しかし幼馴染は情緒無視で別の場所を見ていた。


「……やっぱり」


 何が? え? 自然に感動するのはお年寄りばかりとかそんなディスかな? 泣くよ?


 動揺を抑えつつターニャの視線の先を追うと――――明らかに人がいたであろう跡が残されていた。


 雑に砂を掛けられた焼けた地面に、テントを張ったであろう人為的な穴、折れた小枝や踏み潰された下草なんかである。


「…………珍しいとこに住んでる奴もいるんだな」


「……そんなわけないから」


 人の居た跡を見て。


 おそらくはターニャも同じことを思った筈……。



 ――――そういえば落石があったなぁ、って……。



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