第152話


 …………埋まったというか無くなったというか。


 マズラフェルまでの公道には山道が含まれる。


 この世界の山道と言うのはガードレールが無い峠道のことだ。


 山肌の道を馬の力に任せて登るのだが……。


 その道が上から転がり落ちてきた落石によって


 岩を退かせばいいという問題ではなく……もはや道を作る必要がありそうである。


 別に馬車の中で待っていても問題ないのだが、ケツの痛みも限界というところで座席を揺さぶられたせいか、乗客全員が腰を伸ばさんと外に出て来ている。


 大慌てなのは行商人。


 キャラバンの顔役が角突き合わせて相談中だ。


 おそらくは輸送ルートに関してだろう。


 急ブレーキで軽傷者は多数出たものの、落石による直接の被害は無かったというのだから、積荷も当然問題ない。


 問題なのはであろう。


 今が花とばかりに賑わいを魅せるダンジョン都市を思えば、二度三度とマズラフェル間の交易で儲けたいところ。


 恵比寿顔を打ち消しての真剣な表情にも納得出来る。


 ……ましてやダンジョンが攻略されたなんて知ったら発狂するんじゃなかろうか?


 言わないけどね。


 のんびりと休憩よろしく山肌の斜面を見ていたら、前の座席に座っていたお姉さんが近付いてきた。


「……や」


「ども」


 そろりと手を上げて挨拶してくるお姉さんに軽く頭を下げて返礼する。


 背丈は同じぐらいだが年上なのは間違いない雰囲気……うちの母みたいなパターンだったら尚の事だ。


 スススと隣りまで近付いて来て立ち止まるお姉さん。


「どこまで行くの?」


 どうやら世間話に飢えているようで、旅人にとっちゃ『今日はいい天気だね?』ぐらいの定型文。


「いやいや……俺ら全員マズラフェルまででしょう?」


 そういう便じゃん。


「そうね。そうだった。私もそう」


 そりゃそうだ。


「……でも時間掛かっちゃうかもしれないね?」


「あー……」


 チラリとこちらを見るお姉さんは、引き返す前提で話をしている。


 それはしかし乗客全員の共通認識だろう。


 なんせ道が無いのだから。


 せめて岩を退かせば通れるという落石事故だったなら、時間は掛かるだろうけどまだなんとかなったのかもしれない。


 しかし道そのものが削れているというのだから……個人であろうとも行けないという判断。


 間違ってはいない。


 ――――そう、だ。


「……あのさ、たぶん南回りの道になると思うんだけど……途中に私の村があるのね? 良かったら――」


「……よくない」


 お姉さんのセリフの途中でターニャが声を掛けてきた。


 馬車での移動が予定通りに行かなかったせいか、いつもよりジト目の圧力がニ割増しだ。


「あ~……妹さん?」


「……幼馴染」


 ニコリと愛想良く笑うお姉さんに対して、うちの妹は相変わらずの無愛想だ。


 最近、思うようにいかない世の中を存分に楽しんでいるようで……兄ちゃんとしては嬉しい限りだ。


 何故か角材を持ってることは置いといて。


 勿論、角材を置けという意味だ。


 そんなところばかりは昔から変わらないんだから…………一番変わって欲しいところだよ。


 たぶん外に出ることに対する用心なのだろうけど。


「……レン?」


「あー……うん。たぶん、大丈夫?」


「なんの話?」


 確認を取ってきたターニャに頷くと、身を乗り出すようにお姉さんが顔を突っ込んできた。


 むむ! 接触した腕が幸せを訴えている!!


「いや、斜面を――」


「こっちの話」


 ヘラヘラしながら答えようとする俺に、ターニャが行くぞとばかりに腕を引っ張った。


 ああぁ……幸せとはなんと儚い……。


 付いてくるなオーラを出したターニャがズカズカとお姉さんから離れる。


 腕を引っ張られながらお姉さんに頭を下げてターニャの後を追う。


 手を振るでもなく微笑むでもなく、悔しそうに指を鳴らすお姉さんが印象的だった。


「……いやいやターニャさん? さすがに礼を失するのでは?」


 なんと言ったところでターニャも村育ち。


 礼儀やマナーには疎いところがあるのかもしれない。


 ただでさえこっちの世界のマナーというか、田舎の特殊ルールというのは度肝を抜かれるのだ。


 知ってる? 獲物狩れなかったら狩れるまで肉抜きなんだよ?


 揚げ物だろうと肉汁だろうと気にすることのない年齢になったというのに……なんたる理不尽だろうか。


 まあ、あくまで村の中のルールだから。


 外では関係ないから。


 というか家庭ルール的なものだと思ってる。


 エノクは獲物を分けてくれようとしてたしね。


「人目を避けようとしてんだろうけど……逆効果じゃないか? …………。ターニャ? 聞いてる?」


 ズンズンと進む水色の髪が映える幼馴染は、チラリとこちらを一瞥したあとで応えてくれた。


「……ふらぐは、折るもの」


「それに関しては全く同感だけど」


 今言う必要あったか?


 キャラバンから離れて一際急な山肌でターニャが足を止める。


「……ここ」


「…………ほんとに?」


「……本当」


 見上げれば他の山肌とは違い……まさに崖と読んでも過言ではない絶壁が聳え立っていた。


 ……俺の常識では山登りというのは山道を歩いていくことであって……。


 決して紐無しのロッククライミングのことではなかったと思うんだ。


 手や足を滑らせれば一瞬でバンジーに早変わりという万能のアクティビティ。


 いやー、ほんと……凄いなぁ、異世界。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る