第148話
なんだそりゃ…………気持ち悪っ?!
流れ尽くした血液をポタポタと垂らしながら立ち上がった冒険者に表情は無く、白濁した眼窩にだらしなく開いた口腔があるだけだった。
どう見ても生きてはいない。
十中八九スケルトンを操っているのは赤眼の黒ローブなのだと分かってはいたが……まさか人の死体も範疇だとは思わなかった。
その手法も……おそらくは赤眼が発している魔力の籠もった声が原因だろう。
スケルトンの残りを一掃しながら襲撃者である二人を観察する。
為す術なくスケルトンをやられているというのに余裕がある様は、この状況が二人にとって焦るような事態ではないことを示している。
それは死者を操れることに起因しているのか、それとも別に手があるのか……。
なにはともあれ、冒険者の死体も操れると分かったのだ。
赤眼を自由にしていると戦力の補充をされてしまう。
幸いにして追加で死人が出たわけじゃないけど、それも執拗に剣を突き込んで暴れている巨大スケルトンを見れば時間の問題に思えた。
おまけに死人だったりスケルトンだったりにスタミナ問題は無さそうである。
短期決戦が望ましい。
スケルトンに比べると拙い動きで、ドタバタと死体が襲い掛かってくる。
動き自体は問題なさそうなのだが……。
……やだなぁ、これに攻撃するの。
妙な生々しさがあるよ。
スケルトンと違って魔石なんてないので、倒せる条件もよく分からないし……。
とりあえず頭部に宿る魔力を散らしてみようか? なんかそこだけ光ってるし。
斬り掛かってきた……なんか見覚えがあるような顔を、魔力を宿した拳で殴る。
別に魔力を纏わせたところで威力が上がるわけじゃないのだが、目には目をとやってみた。
上手くいけば魔石を砕くのと同等の効果があるやもしれないと思ってだ。
綺麗に頬に決まったところ、魔力が霧散していく手応えにニヤリ。
ゴロゴロと殴り飛ばされた死体は……再び起き上がることはなかった。
これで正解のようだ。
「やっぱり」
…………何が?
嫌悪感が先立って動く死体の処理を先にやってしまったが、特に問題はないと思うん……だが?
何が『やっぱり』なのか気になり赤眼の方を見ると、向こうもこっちを見ていたせいか視線が合った。
「聞こえてる、見えてる。間違いない」
「へー。そういう能力かな? 拾い物だわ」
「ここで殺す」
「…………タナちゃん――――私、譲ってって、言ったよね?」
ひんやりと冷たい声を聴覚が拾ってきた。
ともすれば足を止めかねない程の寒気を伴った声だった。
向けられたのが仲間っぽく見える赤眼だというのだから堪らない。
……こいつらイカれてるよ……誰か?! 相手代わってください!
ビリビリと目に見えそうなプレッシャーを放っているポニーテールも怖いけど……ピクリとも逸らすことなくこっちを見続ける赤眼も怖い。
沈黙に耐えられなくなって、
「安心していい、どちらの希望も叶うことはない」
詰めた距離のせいかタイミングの問題か、伝えるつもりのなかった言葉なのだが、どうやら聞こえたようで……。
バッチリ熱視線が二人に増えた。
すいません、ただの強がりです。
物理的に潰されちゃいそうな視線に、ハッタリを強めるべく笑ってみせる。
口元だけは見えてる筈だ。
痙攣している眼筋じゃなく。
俺の挑発とも言えるハッタリに、二人の体を綺麗に覆う魔力が粟立つ。
…………あ。
あー……そっか、魔力か?
さっきの死体は、俺が魔力を見えるかどうかの確認で放ったのか?
なら――
「タナトスである俺が、死者の声を聞き、『死』を見るなど当たり前のこと。驚くには値しない。未だ俺は死の側に寄らず……お前達の希望が叶うことはない」
敵の言葉をどこまで信じるかは分からないが、魔力が見えるというのは余程珍しいらしいので、誤解させておこう。
ぶっちゃけ『死』とやらが見えるんだったらダンジョンに潜らなかったと思うけど。
だからどうぞバーゼルさんの所に行くといいよ。
ほら見て?
「……あ~……いいね、ほんっっっっといい。あなた、最高。――――『死活生』、一年使う」
街中だったら見惚れそうな笑みを浮かべたアテナが、大剣を片手に掲げた。
ドロドロとした気体のような何かが剣から溢れ彼女に絡み付く。
「『其は
赤眼が水を掬うように両手を持ち上げ、比べものにならない程に濃い色の付いた魔力を声に乗せた。
破滅的な音を響かせて、崩落が始まった。
壁を削ったのか天井の向こうから遥かに聳える髑髏が見える。
神経をヤスリで削るような咆哮と同時に、黒髪を靡かせて戦女神が飛び出してきた。
――――やっぱりなぁ。
なんとなくそうじゃないかと思っていた。
集中力を最大にした静止空間の中で、こちらと全く遜色のない動きをするアテナに鳥肌が立つ。
アドバンテージは消えた。
そして経験も手数も技術も脅威も、あちらが勝る。
だから対抗しよう。
奥の手だ。
心の準備よろしく深く息を吸い――――止める。
四倍だ。
身体能力強化と肉体強化を使用出来るレベルの限界まで引き上げると同時に、ブチブチと体の全体から音が鳴った。
鼻の奥で血管が破れドロリとした血が溢れてくるのを感じ、血流が何百倍にも速まり脳が爆発しそうな程に熱を上げる。
もはや光に囚われない瞳が入りきらない情報を溢れさせるがごとく赤く染まる。
海のように感じていた魔力が干上がったかのようにごっそりと持っていかれ、時の流れすら狂わされた感覚が幾重にも散っては交わる。
長く留まるべきじゃない――……
額の直前まで振り下ろされた大剣は、おそらくは常人には見えないであろう黒い気を纏い確かな死を予感させた。
だからなんだ?
避けるでもなく、逸らすでもなく――
真正面から迎え打った。
拳と大剣が拮抗した――――のは僅かに一瞬。
黒い気の影響か魔力を僅かばかり削られたが、問題はない。
大剣は拳に食い込むこともなく、互いの領域を譲らないとばかりに浮いていたが、比べものにならないとばかり腕を振り切った。
真っ直ぐに伸ばされた肘を無理矢理折り畳むように、大剣ごと女が吹き飛ばされた。
女の見開かれた目は、驚きと歓喜に満ちていた。
――――――まだだ。
流星のように放たれたポニーテールを見届けることなく振り返ると、石畳が放射状に割れる程の力を込めて飛び出した。
六腕を持つ黒く巨大な髑髏に向けて。
落ちてくる岩盤を小石のように払いながら空中を往く。
――――ああ、なんだ――空は海と同じじゃないか――
確かな抵抗を足場に右上にある宝玉へと加速した。
魔力の集うそこが、間違いようもなく髑髏の弱点だと踏んで――
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