第142話


 天を衝く巨大な骨組みは、人を模したそれであったが……腕が六本あった。


 それぞれの腕には武器とは名ばかりの建築物もかくやと言わん金属の塊を握っている。


 聞いたところによると、ショートソード、カトラス、メイス、短槍、ワンド、盾だそうだ。


 ……いやどれが当たっても挽き肉だから、というツッコミは野暮なんだろうか。


 見上げると首が痛くなりそうな巨体な癖に、その動きは素早いというのだから反則もいいところだ。


 あれと戦おうだなんて……冒険者とやらの頭はどうなっているのか?


 知り合いの人語を解す蛇よりかはマシな部類だけど、あの大きさは自然と謝罪してしまう迫力があるでしょ?


 もう結構だと謝った記憶があるよ。


「あいつの持ってる短杖ワンド、見えるか?」


 上の方にある腕を指差してニヤケ面冒険者が言う。


 説明に返す言葉もなく驚いている運搬役の四人へ、お構いなしに続ける。


「あの杖頭の部分に当たる宝玉は、当初倍近い大きさだった。おそらくだが、あれがあいつの命の源だ。破壊された部分が治る度に減っていく」


 ……回復魔法? いや……ここじゃ魔法は使えないという触れ込みだった筈。


「魔法は使えないんじゃ?」


 疑問が思わず口を衝く。


 なんせ俺の生命線だ、色々と話が違ってくる。


 しかし期待した答えとは違い、ニヤケ面は首を振った。


「使えねーよ? 少なくとも俺達は」


「なんてズルいんだ……」


「向こうも同じようなこと思ってそうだがなぁ……」


 呟いて顎を振った先には――振り下ろされたショートソードを弾くバーゼルがいた。


 ビルみたいなそれは、切れ味よりも質量に参ってしまいそうなのだが……。


 バーゼルは平然とショートソードを払い、入れ替わるように落ちてきたメイスを叩き、その軌道を変えている。


 えっと……どっちがボスだっけ?


 どうやら右半身にある腕がバーゼルの担当のようで……いや凄いな?!


 ワンドも右半身にあるため、使用されているのは実質二本だけど……ギャースカ言いながら残りの腕と死闘を繰り広げる冒険者の群れを見ると、それがどれだけの偉業か分かる。


 ……実は少し考えないでもなかったのだが、こっちの人ってなんか人間やめてない? 魔法云々を抜きにしても……。


「ま、見た通りだわな。お前らが食い残し狙いなのは、こっちとしても重々承知だけどよー……バーゼルが食い切れないと判断したのを食べるのは、あまりお勧めしないぜ?」


 どこか誂いを含んだ声が、無言の通路に白々しく響いた。






 



 意気消沈とでも言えばいいのか。


 明らかに足取りを重くしているのはライナスと双子の三人だ。


 あわよくばと言いながらも、実は最下層のボス討伐に一役買えるのではないかと思っていたことが在々ありありと透けて見えた。


 自分の実力に自信を持っていただけに尚更だろう。


 しかし現実は残酷だ。


 というより、最下層のボスが予想よりも遥かに規格外だっただけなのだが。


 ここまでの魔物の傾向からしても、巨大化というロジックはあったのだし……厄介なスケルトンがそうなったとしてもおかしくはない……おかしくはないんだ。


 いやおかしいけどね?


 ダンジョンも冒険者も。


 いや無理だわー。


 あれに戦いを挑むとか……ないわー。


 銃を持ってるからといって怪獣と戦えるわけではないのだ。


 運搬役に選ばれたというのなら、大抵がソロの冒険者で、パーティーを組んでいない。


 餓者髑髏の攻撃を受け止めていたパーティーは、パーティー単位での連携に物を言わせていた感じだった。


 あれに個人で割って入るのには……それこそバーゼルレベルの実力が必要だろう。


 たとえ攻略組が討伐を諦めたところで、残るのは弱った巨大スケルトンだ。


 四人かそこらで残りを頂けるというのなら、バーゼルだけでどうにかなるんじゃないかな?


 護衛を任された冒険者は、運搬役の様子に苦笑いである。


 おそらくは事情を知っていた組なのだろう。


 分からないのはドゥルガだが、スタンスとしては俺と似たようなものを感じる。


 地位とか名誉とかじゃなく仕事としてやっている気配……。


 まあ純粋な運搬役参加かな?


 片眼でそこそこ歳もいってるとあっては、ガツガツとした向上心などとは無縁なのだろう。


 名前を残して、給料が貰えるならそれで……といったところか。


 若者の気分に関係なく仕事は回る。


 落ち込んでいようとも契約は契約、次の補給のために八層へ上がる階段まで来た。


 階段の上を確かめるべく先行した護衛の冒険者を待っているところである。


 ここに来るまでの道を俺以外の運搬役が張っている。


 階段と合わせてT字路になっているので、そういう時のためのシフトだ。


 後方を守る冒険者パーティーは安全地帯への道を確保している。


 本来ならこういう分かれ道の真ん中で立ち止まったりしないのだが、階層を移る階段とあっては仕方ない。


 いざという時の伝令役として交差点で一人立っていた。


 先行していた冒険者パーティーが、全員で降りてきた。


 良くないパターンだ。


「……今はダメだな。上に。通り過ぎるのを待とう」


 虫か骨か……聞くまでもないのは、この悪条件でも待つという選択をしたからだろう。


「たくさんいました?」


「倍はいたな……」


 それはまたなんとも……。


 答えてくれた冒険者に苦笑いを返す。


 階段の前というのがまた悪い。


 他に道が無く、引き返すにも遠いという。



 ――――終わりというのは、いつも唐突にやってくる。



「……あ、ぎゃ――」


 通行出来ないという合図を出そうとしたら、そんな悲鳴が聞こえてきた。


 咄嗟に顔を振ったのは――安全地帯への道を確保している冒険者パーティーの方。


 腹を裂かれている冒険者を、同じパーティーの冒険者がフォローせんと走っていた。


 スケルトンだ。


 スケルトンの嫌なところは、動かない限り気配を察知出来ないところにある。


 少なくとも俺にとっては、だが。


 数体どころじゃない数のスケルトンが、うじゃうじゃと通路の向こうからやって来ていた。


 待て、それはおかしいだろ? いくらなんでも多すぎ、いやどこに居たんだ? 気配を掴めないからって、言ってる場合じゃねえ、来る――


 を務める筈のパーティーが、骨の濁流に道を開け、猛攻に耐えんとばかりに固まってしまった。


 必然、冒険者に面しないスケルトンがこちらへとやってくる。


 ガチャガチャという音が階段から響いてきた時には――既に降りてきた筈のパーティーもいなくなっていた。


 どうやら階段の上へと急いで駆け上がっているらしい。


 普段立てない装備品の音が響いてくる。


 …………おま、そりゃ……なくね?


 直ぐさま後を追うべきだった。


 出足が鈍ったのは、残されるパーティーを慮ったのと、他の運搬役のことを考えたからだ。


 他の運搬役にもせめて伝えねばと、勢いよく振り向いた時には――誰もいなくなっていたのだが……。


 代わりといってはなんだが、そちらの通路からも骨の軍勢が押し寄せてきた。


 明らかにおかしいだろう?!


 更にはガタガタと音を鳴らして階段から転げ落ちてくるスケルトン。


 どうやら階段の上にいた奴らも来ているようだ。


 上手く躱して進んでいるのか、他の冒険者や運搬役の姿は杳として知れない。


 気付けば腹を裂かれた冒険者のパーティーもいなくなっていた。


 安全地帯のある方へと逃げたのだろう。


 残ったのは……マヌケと骨だけのようだ。


 かなり広い通路だというのに埋め尽くさんばかりのスケルトンの大群が、逃げるタイミングを見失い立ち尽くしている獲物を見つけた。


 ケタケタと顎を鳴らす様は、まるで嘲笑っているようじゃないか。


 こういう時、なんて言うべきか……俺は知ってる。


「ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおお?!!」


 心の中だけで済んでいるうちはセーフ。


 ハッキリ分かんだね。


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