第141話
……危険地帯を、なんでわざわざ……。
交代するという最下層組に付いて、運搬役全員で十層の階段を目指している。
往復した時も思ったのだが、八層九層に出る魔物で厄介なのは大型の昆虫魔物ではなくスケルトンだ。
ここまで散々虫の脅威に晒されて、かつ大型化なんてされるのだから、どうしても虫の魔物を警戒してしまうのが人情。
しかも都合がいいことに、大型の虫の魔物は『音』や『臭い』を捉えやすいのだ。
自然、警戒も甘くなり、その隙を突くようにスケルトンと遭遇してしまう。
よく出来たカラクリである。
スケルトンの基本的な姿勢は『待ち』。
暗闇の中に、眼窩の光を消して佇んでいるのだ。
ライナスは生者に惹き寄せられるなんて言っていたが、どうやら音に反応して動き出すらしく、戦闘を行えば嫌でも駆けつけてくる。
その強さもマチマチで、五層にいるゴブリン程度の実力かと思えば冒険者が二人掛かりでも苦戦するほど強かったりと……命懸けのロシアンルーレットが展開される。
手間取れば手間取る程に追加されるのだから、厄介さはダンジョンの中でも群を抜いているだろう。
そんな中を荷物を持って往復しなければいけないというのだから、危険手当が最も高いことにも頷ける。
充分……充分だよ、もう充分冒険してるって……。
なのに運搬役の皆さんは好奇心旺盛故に、このダンジョンのボスを見てやろうと言うのだ。
どちらにしろ十層には攻略後に降りるんだから、何も今わざわざ行かなくても……。
なんて思う。
残るという選択肢もあったのだが、そのまま七層の安全地帯に向かうと言われて、敢え無く消えてしまった。
下っ端には決定権なんて無いねん……。
この時ばかりは最年少という立場が恨めしく思えた。
まあ、ドゥルガも抵抗していたので、どのみち若さに封殺されていたんだろうけど……。
通路の角で出遭い頭の遭遇を果たしたスケルトンが瞬殺されるのを見ながら、心臓をバクバクさせている。
あのニヤケ面冒険者は珍しいことに二刀流で、その防御を考えない攻撃が他のスケルトンを呼ばせないことに一役買っているようだ。
輸送の護衛を務める冒険者パーティーは、基本的に戦わないことを旨としているので、突然始まり直ぐに終わる戦闘は心臓に悪い。
付いてきている護衛の冒険者なんかは、その手並みに感心しているが、俺としては隠れながら進むことを推したい。
まあ、強引に進んでいたのにも理由があったのだが。
「着いたぞー」
ニヤケ面冒険者がそう言ったのは、安全地帯を出て一時間ぐらいのことだった。
「近っ?!」
思わず叫んだ俺は悪くない。
「……近ぇな」
「近いっすね」
「こんな近くに十層への階段があったのか!」
皆も似たようなことを言ってどよめいているのだから。
強引な突破はここまでの掃除も兼ねていたのだろう。
最下層への階段は、ほぼ一本道と言えなくもない道程を考えれば、安全地帯とそれほど離れていない場所にあった。
今までの階層からして、安全地帯から次の階層への階段へは下手をすると半日程掛かってもおかしくなかったというのに……。
……あと一層でダンジョンを攻略出来る上に、最下層にはボスしかいないというのだから……冒険者が何を考えつくのか想像出来てしまう。
話を聞くに、ダンジョンの最奥にある宝というのは再現出来ない貴重品だったり目も眩まんばかりの金銀財宝だったりと、人生が買えて然るべきレベルなんだという。
ここまでで傷付いた体も癒せる上に、しっかりと休んで最下層に挑めるとなったら……何を
……でもこれって罠だよね?
実際に最下層のボス部屋では魔法が使えないと言うし、連日の冒険者の疲弊度を見ていれば手強いで括れるレベルじゃないのだろうし……殺意高いな、ダンジョン。
交代するというパーティーに、護衛のパーティー二つ、運搬役の五人で最下層の階段を降りる。
この時ばかりは少しばかりドキドキした。
相変わらず階段は石造りで狭く、パーティー単位ですれ違うことは出来ないだろう狭さだ。
他の階層と比べると随分と長い階段を降りて――石造りの通路に出た。
最下層の通路だけ石造りな上に大した広さもなく、両脇に等間隔に置かれた松明のおがけで妙に明るかった。
「あれはわざわざセットしたんすか?」
ライナスの問い掛けにニヤケ面が首を振る。
「うんにゃ。ここに初めて降りた時に、勝手に灯った」
「まさか魔道具?! あれ、全部?!」
「すげえ! ずっと燃え続けてんですか?! これだけで一財産だぞ!」
双子が興奮したように松明に近付く。
「あー…………、どういう仕組みかは知らないんだけどな…………取り外すと……」
「あ?!」
「き、消えた?! あ、あぁ……」
ニヤニヤしながら双子が松明に殺到するのを見守りつつ、遅かったかとばかりのセリフを述べるニヤケ面冒険者。
特に注意されているとも思わずに取り出した松明は、台座のようなところから引き抜くと直ぐに消え、残った木材もグズグズと溶けるように炭へと変わっていった。
……なんつー謎素材なんだ。
「そんなわけで取り外すなよ。灯りが無くなるからなー」
今更な注意を聞き流しつつも、他の冒険者は松明には近付かなかった。
ある程度予想がついていたのか知っていたのだろう。
それよりもずっと燃え続けるって大丈夫なんだろうか? 二酸化炭素的な意味で。
僅かばかりの不安から松明を見続けていると……不意になんとなく前世の知識にある単語が頭を突いた。
――――立体映像?
一定の間隔で常に同じような動きをする松明の火が、どことなくそういう技術を連想させた。
…………まさかね。
金にならなきゃ用はないと足を進める冒険者達の後ろに付けながら、突拍子もない想像に頭を振った。
話には聞いていたが、最下層に魔物はいないようで……。
十分もすると、通路いっぱいの大きな扉が見えた。
「あそこがボスのいる『最後の間』だ」
僅かばかり開いた扉の向こうから、微かに怒号が聞こえてくる。
どうやら向こう側には広い空間があるようだ。
「覗いてみるといいぜ? そうすりゃ……いかに自分がバカなこと言ってるか分かるだろうよ。それでもお零れ狙いしたいってんなら止めねえよ。むしろ応援するね?」
心底バカにしたような言い方で煽ってくるニヤケ面に、お零れ狙いの運搬役が顔を揃えて扉に近付く。
これには俺も付いていった。
出来ることならその向こう側への扉を確認しておきたかったからだ。
最下層の魔物を倒さないと開かないという……在り来たりでコンチクショウなギミックだと言うが。
すり抜けて行けたらなぁ……。
僅かしか開かれていない扉だが、そもそもの規格が巨大なので、人一人が通るには何も問題なさそうな隙間である。
そこから恐る恐る顔を出したのは、ライナスと双子と俺の四人のみ。
護衛の冒険者は見たことがあるのか興味がないのか、知らんぷりだ。
ドゥルガも『やれやれ』と思っていそうな表情で足を止めている。
ボス部屋の中にも、壁際には不思議な松明があったのだが……そもそもが巨大な空間のため、それだけでは全貌を見通せなかった。
もしかしたら削られた通路の分だけ広いのかもしれない。
所々に炸裂している光晶石が、足りない光量を補い――目的の魔物を白日の下に晒している。
いや、晒しきれてはいない。
巨大だった。
天井の闇から黒い体を伸ばし、幾つもある腕からその図体に見合った武器を、足元をウロチョロする冒険者目掛けて振るっている。
おどろおどろしい雰囲気に骨だけの体。
巨大な黒いスケルトンが、地響きと共に暴れていた。
……………………あれの名前、餓者髑髏とか言わないよね?
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