第140話


 冷や冷やしながら最初の往復を終えた先日。


 交代する班が無いので休日を挟んで休憩要員は無しということになった運搬制度。


 その分荷物が増えるという悪循環。


 ……残業と臨時出勤でカバーする社会形態が思い出されるなぁ。


 無理はいかんよ無理は。


 しかし疲労の蓄積なんかもあるので、丸々休みというのはありがた…………いや交代する班がいたらもっと長い休日だったじゃん。


 すっかり培われている社会的な畜生精神に泣ける。


 判別方法は簡単、心の中で「ちくしょおおおおおお?!」と咆えたことがある人はソレ。


 涙が出ちゃう? チクショーだもの。


 涙は出して文句は飲み込む……偉い人に都合がいいのが社会なんだよ。


 ずっと寝袋で寝ていたために体がバキバキで、不意に思い出された昔の記憶に起き抜けから憂鬱な気分になってしまった。


 不愉快だからと帰らせて貰えないのが仕事。


 今日の深夜に出発である……もう今が朝なのか夜なのかも曖昧だけど。


 欠伸を噛み殺しながら唯一の光源でもある焚き火にフラフラと惹き寄せられる。


 焚き火はイコールで食事だから好き。


 オレ……たべる……オレ……ヤスム。


 お早いことで、既に全員が揃ってワイワイとやっているのは運搬役だ。


 攻略冒険者は最下層の魔物を倒すためにローテーションを組んでいて、大抵が死んだように寝ているので食事の時間も別である。


 ……ボロッボロになって帰ってくるんだよなぁ、皆あんなに強いのに……。


 休むことなく攻め立てているという話なのに、一向に形勢が良くなるような感じがしない――むしろ疲労が蓄積されている分、こちら側が不利な気すらする。


 消耗戦を仕掛けているのに、削られる一方だという感触がダンジョン攻略に暗雲を広げていた。


 今も装備を脱いでテントではなく無防備にも地面に転がっている冒険者が一人いる。


 色々と限界っぽそう。


 俺達が往復している間を含めると、たぶんだが今日で四日目ぐらいになる。


「大丈夫かねぇ……俺達の輸送もあと二回ぐらいって話だが……帰ってきたらどっかのパーティーが、攻略断念……なんてことにならなきゃいいがなぁ」


 誰が見ても危うい感じなのか、ドゥルガが地面に寝転がる冒険者を見ながらポツリと呟いた。


 ……いや、幼馴染の命が掛かってるんで断念は困りますよ断念は。


「ええー? ここまで来て、お宝も目前なのに? そりゃ無いっすわ。ありえねえ。上から五組って言われてるパーティー共なんで、気合い入れてやって欲しいっすね」


 組んでる奴らに恨みでもあるのか、ライナスの評価は厳しい。


「いいじゃねぇか、ちゃんと給料は出るんだし……」


「消極的っすねー。そりゃ余りにも弱気ってやつですよ、ドゥルガさんともあろう人が。攻略してくれた方が実入りも違いますし……なにより見たいじゃないですか? ダンジョンの最奥」


「……そりゃあ……生きてるうちにチャンスが巡って来た以上、見たくないと言ったら嘘だわなぁ」


「でしょ? だからいざとなったら……」


「お? やるんすか? 自分らも乗りますよ!」


「ですね! つーか運搬役を志望した奴の殆どが狙ってましたよ。あわよくば、って」


 な、なにが? 全然話に付いていけない。


 楽しそうな表情でライナスの『いざ』に乗ると言う双子。


 渋い表情のドゥルガに、含みを持たせて笑うライナス。


 焚き火で煮られる鍋を誰も気にしないという珍しい食事風景だ。


「やめとけ。俺ぁ乗らねえよ」


「ええー?! なんでですか? 別に捨てた獲物なら横取りじゃないっすよー」


「指示を無視することになるから契約破棄になるじゃねえか。苦労したのに逆に金払うことになんだぞ? バカかよ」


「そんなの目じゃないでしょ? 最奥にある宝を頂けたら……。乗って来てくださいよ。ドゥルガさんの戦闘力を宛てにしてんですからー」


 ……なるほど。


 どうやら彼らは漁夫の利的なことを狙っているらしい。


 賢明にも断っているのがドゥルガで、美味しいところを頂こうと言っているのが若い奴ら、らしい?


 ダンジョンの攻略は滞りなく終わって貰わないと困るのだが……心情的には片眼のおじさんの意見に賛成である。


 そもそも上位五組だと言われる冒険者パーティーで倒せなかった魔物を、自分達ならイケると思うのは何故なのか。


 どこからその自信が来ているのやら……在りし日の幼馴染(男子)を思い出す。


「お前ら…………よ〜〜〜〜く考えてみろ。あのバーゼルで無理なんだぞ? あいつが自分のパーティーじゃ足りねえと認めて、他のパーティーの力まで借りて、なお倒せねえってんなら……そりゃもう倒せねーんだよ」


 それもそうだ。


 あの巨大な百足を撫で切りにして、ついでのように段違いに強いスケルトンを倒したバーゼル。


 確かに頭一つ抜きん出た実力があった。


 いつぞやの盗賊なんて相手にならないぐらいの威圧感と共に。


「だからですって。バーゼルさんが全力を出して弱らせた最下層の魔物なんて、次にお目にかかることは無いですよ? あとひと押しぐらいのところまでいってるとか思いませんか?」


 な、なんていうギャンブル精神だろうか。


 掛かっているのは自分の命だというのに、『あと少し』『次の攻撃で』『俺なら』なんて思えるとは……。


 真似出来ないよ、冒険者。


「――――見てみるか?」


 ライナスの問いに応えたのは、うんざりしながら鍋を掻き回すドゥルガではなく――


 寝転がっていた冒険者が、いつの間にか起き上がり胡座をかいていた。


 ニヤニヤした表情がトレードマークの、あの冒険者だ。


「なら見てみるか? 俺らが何と戦ってるかを――」


 結構です、って言えたらなぁ……。


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