第135話


「……来たな」


「幾層にも重なるカサカサ音と腹を摺る音、センチピードっすねー」


 熟練の冒険者である二人が言うように、暗闇の中に隠すことのない足音が響き渡る。


 それは侵入者を恐れていない王者の振る舞い。


 ここらじゃ一番と呼ばれる程に実力があるバーゼルのパーティーと言えど、戦闘においては他のパーティーと同じ手順を取るのか、まずは魔晶石の光が上がった。


 暗闇を裂いて姿を現したのは――通路を塞がんばかりに横に体を伸ばした大きな百足ムカデだった。


 ちょっとした列車サイズ。


 キュラキュラと音を立てて一本一本が別動する脚に、流れるように撓らせる体躯、触覚なのか牙なのか頭部はとにかくギザギザしていた。


 念入りに目を擦ってから隣りに居たドゥルガに訊く。


「あれの数千倍小さいのなら普段目にするんですが……」


「そらな。てか普段からあれを目にしてたらヤベーだろ?」


 ドゥルガと話し始めると、腰の剣帯に手を伸ばしていたライナスが呆れたような表情で振り向いてきた。


「いや魔物だから。つーかレライト君は度胸あんね? あれ、ここじゃ有数なんだけど」


「ここで一番強い人が一緒なので」


「おいおい、おじさん褒めても何も出ないよ? 保存食食うか?」


 固え。


「いやいやどう考えてもバーゼルさんのことでしょ? 片眼のおじさんじゃなく」


「ライナス、お前には保存食やらねえ」


「くださいよ。ちゃんと安全地帯で。……お前それボリボリやってっけど、スープとかで柔らかくして食うもんだぞ? 歯、イカれねえ?」


 は? 早く言ってよ。


 呑気に食料なのか石なのかよく分からない保存食を噛み砕いている間にも戦闘は進む。


 飛び出したのはチーム一の巨漢、スター選手の呼び声名高いバーゼルだ。


 その体躯に似合わず一瞬で相手の懐に踏み込むと、下方から掬い上げるように大剣を振った。


 まさに一刀両断、電光石火。


 瞬く間に体を半ばから切られた百足――――だったが、それで殺られたわけではないのかウネウネと動いてバーゼルのパーティーを襲い始めた。


 上半身も――下半身も。


「そちらは任せる」


 言葉少なに暴れ回る下半身を仲間に任せ、バーゼルは切断した上半身に向き直った。


 一人で。


「化け物かな?」


「あー……そうだなぁ」


「言い方考えろよ」


 どっちがとは言わずとも伝わる連帯感。


 さすがに何日も暗闇の迷路を共に進んできた仲じゃない。


 俺、この班には今日が初参加なんだけどね。


 後ろに付ける護衛パーティーは即座に退路の確保に向かったし、護衛パーティーは運搬役の頭を抑えている。


 中々の連携である。 


 最下層の攻略を行うパーティーは今までルートの先見役として回っていたのだが、その必要も無くなったためか今日からは一緒に階層を降りている。


 おかげで安全性は増した……と思う。


 目の前に高速で跳ね回る百足が居るので、どうにも納得はしかねるが。


 七層の虫よろしく剣で斬られているというのに金属音と火花を散らしている百足。


 上手く切り取られた部位がクルクルと回りながら地面に深く突き刺さる。


 削り取られていく百足の体から毒々しい色の体液が溢れる。


 生にしがみつかんとする百足が地面を揺らす。


 ……地獄かな?


 もはや人間の領域にない、そりゃあ何百年と攻略もされないさ。


「……バーゼルさん、また腕上げたなあ」


 呟いたのはライナスだ。


 俺が音や光に驚いてビビっている間に、なんとバーゼルの方は百足を仕留めていた。


 潰すなどの手段ではなく、綺麗に縦に切り分けられた百足の上半身がバーゼルの実力を物語っている。


 百足も半分となっては消化試合の様相を呈してきたが、七層にいたカブトムシを思えば信じられない被害の少なさと――冷静さだ。


 相手しなれている感が凄い。


 この巨体が暴れ回るのに、この通路の広さは利点でしかない。


 一回の戦闘に投入出来る人数が増やせるので、最初の内はこちらに利が有り過ぎるんじゃないかと思ったものだが……。


 悪辣だな、ダンジョン。


 やがて動きを止めた巨体な百足を見ていると、生半可な戦力じゃ被害は増すばかりなんだと理解出来た。


「…………あれ? 撤収しないんですか?」


 先に進まないの?


 魔物との戦闘終了後は魔石とやらを剥ぎ取って、余程重要な部位以外は土の魔晶石の粉を振り掛ける、という手順で進んできたのに……。


 何故か緊張を解かない面々。


 未だに抜き身の武器を携えるバーゼルパーティーと、気を抜かない護衛の冒険者達から、まだこれで終わったわけじゃないのだと知れた。


「まあ、こんだけ暴れりゃ来るわなぁ」


「元々生者に敏感らしいっすけどねー」


 そんな返答とも感想とも取れる会話を交わすドゥルガとライナス。


 よくよく見ると、両者共に前後を警戒している。


 ずっと一緒の班でやってきたからなのか、それとも昔っからそうなのかは知らないが、ライナスはドゥルガの潰れた片眼側へと立ってフォローしている。


 緊張感はむしろ戦闘時よりも今の方が増しているように思える。


 そんな中――――前方の闇の中に、青白い光が灯った。


 光の魔晶石ではない。


「…………うーわ」


「なんかゾクッとするだろ? なんで眼の奥光ってんだよ、ってなあ」


「骨を覆う青白い光も嫌っすよねー?」


 カシャカシャと足音を鳴らしながら、厄介だと言われるスケルトンが現れた。


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