第132話


 賑やかになってきた七層の安全地帯で目を覚ます。


 寝袋からモソモソと抜け出すと、待っていた最後の一班が丁度安全地帯に入ってくるのが見えた。


「あ!」


「よう」


 護衛の冒険者パーティーに挟まれながら入ってきた運搬役の一人が、すっかり怪我も治った様子の元同行者――イゾルダさんを見て声を上げた。


 ニヤニヤとした表情で手を上げるイゾルダさんに、おそらくは相棒だと思われる運搬役の一人が駆け寄った。


「生きてたか! ハハ、だと思ったぜ! しぶてえ奴だな、おめぇはよー!」


「お互いにな」


 渋い遣り取りで拳を突き合わせる二人を無視して、用意されていた保存食を齧る。


 イゾルダさんは、この先の階層を辞退した。


 六層で大怪我を負ったのだ、更に深い階層に通じるかどうかなんて自明の理である。


 それでも潜りたいという奴は、金と名声に目が眩んでいるか、よっぽどの考え無しか、あるいは自殺志願者か……。


 もしくは幼馴染が大バカこいたかのどれかだろう。


 レアだね? やったあ!


 保存食だという固めたパンをバキッという効果音と共に噛み砕く。


 ……さすがに最下層まで連れて行かれることはないか。


 先行班という名目で作られた新生第一班に欠けは無く、その実力からしても入れ替えは無さそうであった。


 その上、第二班の運搬役の多くがイゾルダさんと同じような希望を攻略メンバーへと提出している。


 第三班こちらと似たような展開だったという第二班からしても、その辞退希望はまだまだ増えるだろう。


 ……再編成されることなく、このまま据え置かれそうな気配である。


 既に班の割り振りは決まったと見て間違いあるまい。


 どうしようかな?


 このまま五層と七層のピストン要員を続けつつ、最下層のボスが倒されたら事情を話して、その奥に待つ腹ペコであろう幼馴染にデリバリー……というのが理想だろうか。


 届けるのは食料じゃなくて鉄拳ですけどねー? ヘヘヘ、ストレスが俺を魔物へと変える……ストレスが悪いね、ストレスが。


 元を断たなきゃ。


 もうすぐゴールだと思えばこの肉体強化しなきゃ噛み砕けないパンにも許せるさ……あ、全然ダメだわ、許せないわ、チャノス殺しますわぁ……。


 食料もだいぶ少なくなってきたが、九層に辿り着くまでは追加がないのでしょうがない。


 今頃は、残してきた冒険者達が地上から五層まで食料をピストン輸送している筈である。


 ここで荷物の殆どを最下層に行く運搬役に固めて、数日分の食料を残しつつ半分は待機、残り半分が五層へ戻るという手筈になっている。


 半分残すのは念の為である。


 ここより深い階層にいる冒険者というのは少ないらしいんだけど、いないわけでもないようで……。


 いざという時のために荷物番が必要なのだそうだ。


 収穫した魔石なんかもあるし、半分が休めるとあればこちらに否はない。


 嫌なのは無鉄砲な幼馴染とダンジョンそのものと言ったところ。


 ……帰ったら俺も怒られるんだろうなぁ……いつ以来だろうか、説教……。


 下手するとケニアにも張り飛ばされそうな雰囲気がある。


 母は強ぇんだよ、母は……。


 だから――


 ちゃんと父ちゃん、連れて帰んねえとな。


 大して美味くない保存食を噛み締めながら飲み下す。


 するとそれを待っていたとばかりに後ろから声を掛けられた。


「班の再編をしたい。レライトはこっちだ」


 ビクリと肩を跳ね上げたのは、その存在感の薄さ故だろう。


 振り返るとバーゼルパーティーの斥候職だという男がチョイチョイと指を曲げていた。


 バーゼルのパーティーメンバーは誰もが一目で実力者だと分かる雰囲気がある。


 しかしこの男だけは別だ。


 雰囲気が無い……いや無さ過ぎるせいで、その存在を見失ってしまいがちである。


 斥候には最適な人種だろう。


 …………しかし、むしろ暗殺者っぽいと思ってしまうのは前世から引き継がれたゲーム脳のせいか。


 濃紺の縮れ毛に赤い瞳の男で、普通の軽鎧を着用している冒険者だ。


 別に忍者風な黒装束とかではない。


「あー……はい、分かりました」


 寝袋を横に、先導して歩き出した斥候職の男を追う。


 班の再編ってなんやねん……なんか速攻でこっちの思惑を否定されたんだが?


 傍目には怪我人なんかいなかったように見えたのだが、もしかすると第一班にも隠れた負傷者がいたか?


 あるいは疲労が限界だとか。


 黙々と歩く斥候職の男に付いて行くと、第一班と最下層を攻略するというパーティーが顔を突き合わせていた。


「よぉ。そう言えば話し掛けんのはアレ以来だなぁ?」


「おつかれでーす」


 手を上げたのはいつだかのおやじ――確かドゥルガとかいう名前の奴だった。


 赤毛のツンツンもついでのように手を上げてきたので黙礼を返す。


 俺が来たことでメンバーが集まったのか、中心人物であるバーゼルが話し始めた。


「先行班に更に二人の運搬役を加えた。この十二人を二班に割り、七層と九層の運搬を受け持って貰う。護衛は俺達のパーティーを含めた六パーティーでローテーションを組む。質問は?」


 やけにニヤニヤした冒険者が手を上げたので、バーゼルが視線で発言を促した。


「護衛とボス攻略を交互に回すのは聞いてるが、休み無しか? ああ、休憩や見張りじゃなくて純粋な休みな。長くなるんだろ? 休日的なやつがあると嬉しいんだがなあ」


「ない」


 バッサリと切り捨てるバーゼルに、分かっていたという風に肩を竦めるニヤケ野郎。


 予定調和なのか反論は上がらなかったが……それって運搬役は含まれませんよね? と聞きたかった……誰か訊いてくれ。


「他には?」


 普通にしているだけなのだろうけど、圧迫感のある二メートル近い巨漢がこちらを見下ろしながら睥睨する様は、まるで意見を封殺しているかのように感じる。


 沈黙による回答を是と取ったバーゼルが、粛々と告げる。


「――――では、これより『リドナイ』の攻略を始める」


 まあ頑張ってくれ。


 俺の本番は終わってからなので。


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