第131話 *第三者視点
「随分到着が遅れたな?」
最下層の攻略パーティーを護衛に付けた先行班のもう一組が安全地帯に入ってくると、先に着いていたライナルトが声を掛けた。
本来なら十人の班編成を五人に割って速さを重視させた先行班。
護衛の実力も飛び抜けたもので、後から来る二班の為に進行ルートの安全確保を目的として生み出された。
運搬役も腕利き揃いなので、最悪この先行班二組だけでも残せれば、片方を七層に残して最下層攻略を目指せる――そんな保険的な要素も含んでいた。
さすがに下層ともなってくると戦闘も増え、怪我人は勿論だが戦線の維持も難しくなってくる。
五層までが順調に行き過ぎていたこともあり、護衛や運搬役の実力が階層に及んでいない班も出てきた。
脱落者の人数が予想よりも少な過ぎるのだ。
深い階層に潜れば潜るほど、直ぐに地上へと出られるわけではない。
危険な環境に閉鎖空間に居るストレス、長引く怪我や完全に回復することのない体力、攻略までの日数が掛かれば掛かるほど、そういった人間が増えていく。
実力が見合っていないのなら尚の事ゴソッといかれるのではないかという危惧が、バーゼルを中心とした攻略メンバーに芽生えた。
単純に減るだけなら構わない、それだけの人数を引っ張って来ている。
しかし道連れを作られては攻略に支障をきたしてしまう。
そのために急遽提案されたのが先行班だ。
ルートの安全確保という理由も、最高到達階層より深く潜っている運搬役を考えれば理に適っているように感じられた。
ダンジョンの中にいる魔物は移動しないわけではないのだが、それでも一度綺麗にされた道というのは通りやすい印象を冒険者に与える。
満場一致で、この案は受け入れられた。
先行班の前後の護衛は、最下層のボスを相手取る予定になっているパーティーで、運搬役においても七層を単独行出来る程の実力者で固められた。
まず不安はないであろう五層から七層までの迷宮行。
しかし予定よりも半日も遅れて安全地帯に入ってきたもう一組に、先に着いていた組は誰しも疑問を感じていた。
草臥れているが怪我人や欠員はいなさそうな遅刻組、休憩時間を削っての強行軍だったので疲れて見えるのはしょうがないことだろう。
ブスッとした顔の遅刻組のパーティーリーダーが応える。
「お前ら、寝たか?」
それはライナルトの質問に対する答えではなかった。
最下層の攻略パーティーの中の一つで、防御力においては最も高いとされるところのリーダーだ。
護衛に関しては、どのパーティーよりも適性がある。
それだけに表情も質問の意味も理解出来なかったライナルトは訊かれるままに答える。
「そりゃあ、ゆっくり休んだよ。もう半日もすればあとの二班も来るだろうし」
「直ぐに戦闘を行える状態なんだな?」
「……まあ」
「じゃあすまんが、七層にある指定の場所まで頼む。猿獣だ。俺達は迂回した」
「バー――!」
「――何処だ?」
ライナルトの後ろで様子を窺っていたバーゼルが『猿獣』の言葉に前に飛び出してくる。
訊かれると思っていたのか、手早く地図を広げた遅刻組のリーダーが一点を指す。
「安全地帯から三時間ぐらいのところだ。直前で気付いて罠のある道を解除して進んだ。こっちに怪我人や欠員はないが、まだ居ると思う。幸い後発班が予定地点を通るのは十時間ぐらいしてからだ。今からなら間に合う」
淡々と説明をしているが、その表情は優れない。
怪我人や欠員がないというのは主催者にとって朗報である。
なのに不機嫌そうな顔をするのは、先行班の目的である『ルートの掃除』を他のパーティーへ任すという判断に忸怩たる思いがあるのだろう。
パーティーの能力が劣っていると言っているようで。
「早く知れて良かった。情報に感謝する」
「……ああ」
「三年ぶりか? 猿獣の出現は。また厄介なタイミングで……」
微妙な雰囲気を変えるためにか、ドゥルガと呼ばれていたおじさん冒険者が会話に割って入ってきた。
運搬役の試験で最終選考に残り、レライトを庇っていたおじさんである。
先に着いていた組の中にはライナスもいる。
「しかも一本道じゃねえか。猿獣は縄張りと決めたとこから動かねえからなぁ……」
地図にある印を見てドゥルガが顔を顰めた。
「逃げる分にはいいんですけどね。戦闘となると討伐した経験があるのは……」
罠のあったというルートを指差しながら、装備の確認を始めたバーゼルをチラリと横に見る遅刻組のリーダーに、ドゥルガが頷きを返す。
「……いい判断だ。俺もお前らも、言ってみりゃバーゼルのパーティーに雇われてる身だからな。共同攻略とはいえな。挑戦するんなら、自分らのパーティーで潜ってる時だけにしてくれ。ちなみに俺は呼ぶな」
「そんときは是非お願いしますよ」
「やだね。死ぬじゃねえか。長々とくっちゃべってねえで、てめえらも休め。残業はバーゼルがやってくれるとよ」
「うっす」
パーティー間の摩擦緩和に努めたのか、知らず首を突っ込んだだけかは分からないが、ドゥルガが話し掛けたおかげで遅刻組のリーダーの表情は晴れることになった。
自分のパーティーを含めた先行班の第二組を休ませようと――二人が腰を上げた時だった。
「着いたあああああ! あー、くそっ! しんどっ!」
「さすがに疲れましたねー」
安全地帯に新たに二人の運搬役が入ってきた。
この予定にない闖入者に、先行班の誰もが驚きで口を噤んだ。
ボロボロの二人である。
服は元から汚いというのもあるが、所々が血まみれで、髪や荷物にも汚れが目立つ。
強行軍となった先行班よりも強行軍をしてそうな装いだった。
しっかりとリュックを背負い、酒が入っているだろう樽を持っていることからも、間違いなく運搬役だろうと思われた。
元よりこの階層ともなると潜っているパーティーは少なく、その半分以上がここに居るということからして、他の冒険者パーティーの運搬役とは考え難い。
驚きは重なる。
「……お前ら、猿獣に会わなかったのか?」
問い掛けたのはドゥルガだ。
最短のルートとなると、本来は遅刻組が通る予定だった道しかない。
遅れたとはいえ先行班が今着いたばかりなのだ。
だというのに――――
「猿獣? ――異常種か?! 出たのか? 何処に?!」
「……猿獣ってなんですか?」
二人の反応はそれぞれ違うが、知らないということには共通して見えた。
直ぐに事情聴取が行われたのは、当然の流れとして已む無しだろう。
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