第130話


 一瞬だけ両強化を三倍にして感覚の結界を広げた。


 七層への階段を降り立ったところだ。


 先述の通り、先行している班がいるのなら合流を、危険があるのなら遠回りを考えてのことだ。


 残念ながら俺の感覚は危険しかないと言っている。


「危ない臭いがしますね」


「……ダンジョンだぞ?」


 何を言っているのか? といった表情をする同行者さんは、よく分かっていると思う。


 ツッコミというものを。


 しかし事態は想像より切迫している。


 具体的には階段の上から近付いてくる魔物の節足音を捉えてしまったのだ。


 呑気に通路の様子を見ている場合ではない。


 階段の角から顔を出し、ランプで少しばかり先を警戒したように見つめる同行者さんには「後ろ、後ろ?!」と言ってあげたい。


 命が掛かっていなければ、という注釈が付くけど。


 予備動作無しで風の刃を放った。


 階上へ、しかも複数。


 随分離れていたのだが、弾かれる金属音のような音はハッキリと聞こえてきた。


 いやどうなってんだよ体ぁ……。


「なんだ?!」


「分かりませんが、灯りが無いところを見るに魔物でしょうか?」


 振り返る同行者に適当に嘯く。


 ノビてるのかダメージがあったのか、とりあえず足を止めれたので余裕がある。


「今のうちに行きますか?」


「……そうだな。下手に確認とって『魔物でした』で襲われたらシャレになんねえしな」


 いよいよ覚悟を決めた同行者が先行して駆け出す。


 その後を追いながら、安全地帯までに掛かりそうな時間を目算する。


 階段から階段までを駆け抜けるんなら、一層に掛かる時間は六、七時間といったところだろう。


 これに安全地帯への寄り道を含めると半日以上掛かる。


 しかしこれは戦闘する時間や迂回する時間を含めなければである。


 潜れば潜る程に、行程の危険度や攻略の時間が増え、安全地帯へ行くかどうかの判断すらも己の体力と天秤に掛けなくてはいけなくなる。


 護衛に振り分けられた冒険者パーティーは護送する階層に見合った実力があるのだが、運搬役はそれに比するものではない。


 どうも運搬役の適応階層は体力や怪我の有無で決めている感じがする。


 戦闘が増え出した今、脱落者は指数関数的に増えていきそうな気が……。


 前を走っている運搬役のような状況も、特に珍しいというわけでもないのかもしれない。


 ここに来て出したというのも……実は確実に残したい奴らを集めた、攻略に必要な最低限の実力を有する班の可能性すらある。


 考え過ぎかなぁ? まあ、だからと言ってこちらが切り捨てられたわけでもないのだが。


 しっかりとした護衛も付いてるし、地図もあるので。


 色々と思案しながら走り続けて二時間程。


 暗闇の中から突然飛び掛かってきた拳大のハチっぽい何かをぶん殴った。


 飛び出すからそうなる、運搬役は急には止まれないのだ。


 通路自体は広々としているので、彼方へと飛んでいくハチに同行者は気付かない――


「……今なんか聞こえたか?」


 ――こともないようで、さすがにここまで来るだけあって腕利きだ。


「神経尖らせ過ぎですよ。空耳じゃないですか?」


「…………待て。念の為、足を止めるぞ。光晶石持ってるか?」


「残念ながら」


「少し探る、警戒頼む」


「うっす」


 地面に耳を押し当てて音を聞く同行者の横で、再び強化魔法を三倍にして辺りの様子を探る。


「……………………何もない、な」


「そうですね」


 この通路に居たのはハチモドキだけらしい。


 ハチの癖に群れないってなんなの? ありがたいよ、ありがとう。


 しかし奥の通路の右から、こちらを捉えた何物かが待ち構えているようで……。


 先手を打っておこうと、同行者に問い掛ける。


「すんません、実はここが何処か分からなくなってしまってですね……安全地帯までどれぐらいですかね?」


「お前なぁ……まあいいか。何事も無ければあと二時間ぐらい走れば着くぞ。次はこの先を右だな」


 オーマイ。


「こっちの通路は?」


 左を指差して尋ねる。


「罠があるらしい。来たことねえから分からんが、解除は無理だろう」


「専門じゃないですもんね」


「だなぁ。俺と組んでる奴が、そういうの上手いんだが……」


「たぶんまだ六層でしょ」


「なんだよなぁ……」


「自分、実は村で狩りの経験がありまして……逃げ足の速さ自慢と斥候の真似事ぐらいは出来るので、ちょっと確認してきていいですか?」


 ドキドキしながらジト目の幼馴染のように無表情を保って提案してみた。


 ランプに照らされる同行者の顔は真剣で、俺の提案に責任と安全の間で板挟みになっているのが見て取れた。


 それでも危ないダンジョンの下層、モタモタしてられないと沈黙は短く、溜め息を伴って決断が為される。


「……行ってくれ。怪我した俺が言うのもなんだが、気をつけてな」


「うっす。死ぬ時はダンジョン中に響く断末魔を上げるんで、聞こえたら退避で」


「……軽いんだよなぁ」


 いやマジだが?


 感覚の結界に響いてくる低い唸り声は、獣のような、でもしっかりと声帯はあるような感じなのだ。


 おそらくは人型の魔物だろう。


 うるさく叫ばれる前に全力で対応するけど……。


 獣のような断末魔が聞こえてきたら、危ないから避難してください。


 念のために。


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