第129話
俺を更なる暗闇へと誘う地下への階段が目の前にあった。
地下へのだ。
壁を背にへたり込んでいる同業者の一人は、脇腹から流れ出る血を止めようと必死に足掻いている。
光量に乏しい逃走劇ではあったが、前を走る誰かの背中を見失わないぐらいには注意深くあったと思う。
しかしそれも視覚ではなく嗅覚や聴覚や触覚を駆使した気配と呼ばれるあやふやな感覚が元。
見える景色自体は真っ黒である。
ダンジョンという闇の中では赤く流れ出る血さえ黒く見えるという皮肉。
怪我した前走者が魔物を避ける道を選んでいるうちに、七層への階段へと至ってしまったのだ。
ここが限界とばかりにへたり込まれてしまい、油を用いたランプに火を灯して、ようやく気付けた。
おい、どうすんだよ? 俺は七層どころか六層も詳しくないんだぞ?
色々と予想外のダンジョンにおいて、階段だけはそんなに予想から外れていない。
精々五人が横一列に並べるぐらいだろうか? 通路に比べると見劣りするが、ここだけ石段になっているという別空間。
何処と無く安全地帯と同じ雰囲気。
しかし『魔物は階段に入れない』なんてルールは存在しないので、ここまでくれば安心というわけではない。
俺は背負っていた荷物を地面に降ろして同行者に声を掛けた。
「大丈夫ですか?」
「ハァ、ハァ…………ドジったぜ、へへ」
少しばかり顔が白くなってきている、あまり余裕は無さそうだ。
「魔法薬ありますよ、飲みますか?」
「マジか? ……た、助かる。……しかし、用意が……いいんだな?」
「自分弱いんで備えてました」
つっかえつっかえ話す同行者の視界の外で、荷物をガサゴソ漁る。
勿論、そんな高価な物を持っているわけがない。
荷物の中から引っ張り出したコップに水袋から水を注いで準備はオーケー。
ついでに布をジグザグに裂いて持っていく。
今にも倒れんばかりの同行者――二十歳そこそこに見える男に、コップを突き出した。
「飲んでください、
「……おう。…………悪ぃな」
息も絶え絶えと、言葉を絞り出すように喋る同行者。
傷口を代わりに押さえ、ただの水を零さないようにと男が両手で受け取り、口にしたタイミングで回復魔法を使った。
淡い緑色の光が暗闇を払拭する。
「お? ……おお、お? す、凄いな、この魔法薬……」
やっべ、魔力云々の前にこのエフェクトのことを忘れてた?! うっかりだな、うん。
「……高かったんですよ」
「どうりで。へぇー、こりゃすげぇ。なんか一気に元気出たぞ? 全然痛くねえ」
「ね、念の為、縛っときますねー」
傷口を見られてまた勘繰られても困るので。
止血のために当てていた血だらけの布の上から包帯代わりの布を巻いて誤魔化した。
高いっていう言葉は魔法よりも魔法だなぁ。
「さて、どうします?」
傷口の具合を確認しようと触っている同行者の気を逸らすべく、これからのことを訊いてみた。
「え? ああ……そうだな、ここから六層の安全地帯に行くのはなぁ……」
悩ましげな表情の同行者。
何処から傷を負っていたのかは知らないが、ここまでに血の匂いを撒き散らしてしまっている。
そんな中で安全地帯を求めて彷徨えば、火に飛び込む蛾の如く焼かれてしまうだろう。
松明や光の魔晶石、あと斥候や護衛って偉大だよなぁ。
失くしてから初めて分かる頼もしさである。
「じゃあもう七層に行くしかないですねー」
「いや、ねー、って……軽いなあ、お前……」
どこか呆れ顔の同行者に肩を竦める。
「ヤケクソです」
「ハハ、そりゃそうなるよな」
そもそも選択肢は最初から一つしかなかったと理解しているのか、同行者は投げ出していた荷物を拾い上げた。
俺もそれに合わせてリュックを背負い、樽を抱えた。
「お、まだ酒持ってんのか? 頼もしいね〜」
「あれ? 持ってないんですね?」
「とっくに捨てたわ。そんな余裕無かったしな」
言いながら地面に置いていたランプを拾い、腰に差してあった剣を鞘から抜く同行者。
準備は整ったかと目で問い掛けてきたので頷きで返した。
「よし! 行くぞ! もしかしたら何人かはこっちに降りてるかもしれねえし、先行組に追い付けばなんとかなるだろ!」
「……ダンジョンって広いですけどねー」
そう、想像よりも遥かに広いのだ。
少なくとも、ここまで他の班の誰かに行き遭ったことは一度もない。
「……それを言うなよ。そもそも安全地帯は階段から階段の最短コースには絶対に存在しねえからなぁ。ここまで会わなかったのも、ほとんどの班が六層の安全地帯で休んでるからだろ」
やるせなさそうな同行者。
安全地帯に寄る時点で、階段から階段へは遠回りになる。
地図上ではほんの少しでも、実際には何キロにも及ぶ道のりだ。
それでも一層毎に安全地帯を経由するのは、やはり休憩が物凄く大切だからだろう。
灯りがあるとはいえ、暗闇の中での緊張は思いの外、精神を削られる。
気にせず休めるというのはそれだけで大きい。
ましてや普段なら訪れることのない階層とあっては、苦労も一入である。
更に潜るというのなら計画的な休憩が必要になってくるため、仕方のないことではあった。
「まあ……先に七層の安全地帯に到着して、驚く他の班の人の顔を楽しみにしますかね」
「…………お前、ほんとめちゃくちゃ楽観的だよな?」
渋々という雰囲気の同行者の背中を押しながら、先行組が待つという七層へと降りていった。
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