第128話
五層から七層に掛けて出てくる魔物は虫系統の魔物だ。
このダンジョン都市の立地からして、どうやら近くにある森に出る魔物が出現するらしい。
こいつらの厭らしいところは、大して大きくもないのに強いというところだ。
「チィッ! 下がれ! 火晶石! サン、ニイ、……!」
通路の奥で火柱が上がった。
咄嗟に『危ない』ではなく『勿体ない?!』と思ってしまった俺はもう日本には帰れないのだろう……。
「駄目だ! 属性が『土』なせいか効きが悪い! 最悪『バラける』ぞ!」
「ヨン、ファー! 先に下がって運搬役に伝えろ! 後ろの護衛が追い付いて来たら応援を頼む!」
「了解!」
遠目でハッキリと見えないのだが、相手にしているのは……大型犬サイズのカブトムシのような何かだ。
あの大きさじゃ子供に人気は出ないだろうなぁ……。
弾丸みたいな速度で飛んでくる石礫が凶悪だもん。
思わず強化魔法を重ねがけで発動してしまうぐらいには驚いた。
それでも避けるにはギリギリの速度だ。
なのに戦えるというのだから、本物の冒険者ってのは凄い。
しかしそれも相手によるのだろう、今までは一匹か二匹で小型犬ぐらいのサイズだったのに、今回は複数匹で二回りはデカいという。
明らかに許容値をオーバーしている。
飛んでくる礫も小石から野球ボール大の大きさに変化しているし、受けた盾の凹み具合からして長く持ちそうにもない。
そしてタイミング悪く、殿を受け持つ護衛パーティーの方も蜘蛛っぽい魔物の対応で手一杯である。
前後に挟まれてピンチなことは見物を決め込んでいた運搬役からしても一目瞭然で、走り寄ってきたヨンとファーとやらに、この班の運搬役の代表っぽいおじさんが話し掛ける。
「手伝うか? 強行突破した方がいいだろ?」
「ダメだ! あんたらじゃ相性が悪い。鎧も着てなきゃ盾も無いからな。身軽さを活かしてすり抜けてくれ! 集合場所は安全地帯が近いからそこで。地図は頭に入ってるな? 間違っても五層への階段の方には行くなよ! 迎えに行けねえからな!」
剣の柄を握って意気込む代表運搬役に、ヨンだかファーだか分からない冒険者が一人残って首を振る。
あとの一人は後ろに駆けていった。
あ、いかん。
矢継ぎ早に指示を出して会話もそこそこに切り上げようとした冒険者の足を引っ掛ける。
走り出そうとしていた冒険者がすっ転ぶ。
「な……?!」
次の瞬間。
文句や言い訳の前に、冒険者がいた辺りを石礫が通過していった。
キュン、という音と空気のうねりを残して、砲丸のような何かが暗闇の中に呑み込まれて消えた。
少し遅れて聞こえてきた破砕音からは、まともに受けたらタダじゃすまなかったことが窺えた。
物言いたげな諸々の視線を無視して、すっ転んだ冒険者に先を促す。
「ヨンさん! 伝令はいいんですか?! 逃げないと!」
「あ……ああ、そうだった! あと俺の名前はファーだ!」
いやそれは知らん。
素早く立ち上がるファー。
石礫は壁に当たったようなので、後ろのパーティーには被害が無いと思うのだが……。
こういう時のために、射線を含めた戦闘域を事前に決めていたのだろう。
さすがは熟練の冒険者だ、一味違うとしか言えない。
ブリーフィングの時に『運搬役が何処で待ってようが同じだろ?』とか思ってゴメンナサイ。
俺に対する疑問よりも自分達の命の重さの方が勝ったのだろう、とやかく言うことなく荷物を纏めて、戦闘している前列のパーティーの邪魔にならないギリギリまで近づく運搬役一行。
金属製の大盾を持つ冒険者がこちらをチラリと確認した。
今から命の橋を渡るとあって無駄口を叩く奴はいない。
この獰猛な昆虫モドキの脇をすり抜けて終了じゃないのだ、おそらくは走りっぱなしになるだろう。
止まれば死にかねないマラソンの開始である。
いざとなったら荷物は捨てるが、運び込むことが仕事なのでギリギリは自分で見極めなくてはならない。
ここまでにほぼ一日を掛けているのでかなりの体力を消耗しているが、さすがに下層に来るだけあって他の運搬役にもまだまだ余裕が窺えた。
荷物を置いていくような運搬役は一人もいなかった。
無くなれば死にかねないという理性が働いただけかもしれないが、役割を全うしている。
冒険者の合図を待っていると、後ろの方で大きな音が鳴った。
数秒してガチャガチャと駆けてくる後ろの護衛パーティー。
ヨンだかファーだかが叫ぶ
「ナキ!」
「オラ! 走り抜けろ!」
地下だというのに暴風が吹き荒れた。
羽は飾りじゃないとばかりに滞空していた虫共が壁に叩きつけられ、地面の上にいた虫も石礫を飛ばしかねている。
おそらくは『風』の魔晶石だろう。
機を視るに敏な冒険者ばかりだったせいか、準備万端だった運搬役は合図よりも早く向こう側へと駆け出していた。
遅れては迷うとばかりに前の運搬役の背に続く。
前と後ろで分かれていた護衛パーティーが合流し、体勢を立て直そうとする魔物昆虫に襲い掛かった。
それもおそらくは足止めだ。
後ろのパーティーと戦っていた昆虫も、いずれは追い付いてくると思われる。
そうなると劣勢になるのは間違いない。
追い掛けて来れない程度の傷を与えたら、適当なところで引く筈である。
「あんまりバラけんなよ! 直ぐに追い付く!」
砲丸の玉のような石礫を盾で受け流しながら言う護衛パーティーのリーダーに親指を突き出して応えた。
任せとけ、前の人に付いていけばいいんだろ?
迷いようがないって。
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