第126話


 あっぶな?!


 元々属していた班が二層に据え置きになった。


 人員の交換というか配置換えで、たまたま四班に入ることになったので難を逃れたが、そのままだったら地上から二層までのピストン要員で終わってしまうところだった可能性があった。


 ターニャの予想も完璧じゃないということかな? 全裸で魚を掴み取ろうとする娘だもん、そりゃそういうこともあるよね。


 運搬役も護衛の冒険者も、誰一人として顔見知りがいない状況にまたも突っ込まれた。


 ……信頼関係の構築とか顔と名前の一致とか、色々あるから軽々に配置換えとかしないで欲しいもんだ。


 割と喋るようになっていた二層までの護衛パーティーとも当然お別れとなり、新しい護衛の冒険者はどこかムッツリしていてコミュニケーションが取りづらいタイプだった。


 運搬役も職人気質なのか無口タイプが多く、仕方なく暗闇の中を黙々と歩いたり走ったり。


 チャポチャポとワインが詰まった樽を鳴らしながら前の人に付いて進んだ。


「接敵!」


 甲高い声と共に、本日何度目かの魔物との戦闘が前方で始まった。


 斥候職の女性冒険者が『光』の魔晶石を魔物の集団にバラ撒いて明かりを取る。


 照らし出されたのは人型で緑の肌を持つ魔物――ゴブリンだ。


 二層までの魔物は、牙のある猪と猫ぐらいの大きさの鼠だった。


 三層からはゴブリンが相手になるらしい。


 ゴブリンを倒して収穫が出来るのは、魔石と身に着けた装備だけだという。


 食肉になる猪や鼠と違って、やや損な魔物だ。


 しかも森に出るゴブリンなんかよりダンジョンのゴブリンは強いそうで、ダンジョンに潜る冒険者からは敬遠されているという……これが世に言う不人気階層ってやつなのだろう。


 三層から五層までは美味しくないと有名なんだとか。


 当然ながら三層に出るゴブリンより五層に出るゴブリンの方が強いそうなのだが、見た目が変わらないせいか油断しやすく、大怪我を負ったり果ては命を落とすことまであるらしい。


 ちょうど五層、安全地帯まであと少しというところで魔物に遭った。


 ここのパーティーは堅実派というか安全派なのだが、そのせいで遠回りに遠回りを重ね、たぶんだが拠点への到着は俺達が一番最後であろう時間になったため、少し強行な手段に出て行き逢ってしまった形だ。


 目的地が近いことも理由の一つだろう。


 欠片のような魔晶石でも数分は暗闇を照らしてくれる。


 戦闘は問題なくこちらが優勢のようだ。


「おい、前に詰めろ。後ろからも来た」


 ボケッと前方で争う冒険者を眺めていると、後ろを護っていた冒険者がそう言ってきた。


 振り返ると、後ろでも光の魔晶石に照らし出されるゴブリン。


 スター性がある。


 しかしその距離が意外な程に近い、もしや挟み撃ちだろうか?


 下手したら森に居るゴブリンよりも賢い可能性かあるな、不人気階層にも頷ける説得力だ。


 言われた通り、一塊になっていた運搬役が戦闘が終わりそうな前へと詰める。


 その最後尾でもって一抱えもある樽を抱きかかえながら付いていくと――


「チッ! おい、抜けたぞ! 気をつけろ!」


 ――後ろからそんな声が飛んできた。


 再び振り返ると、最初から獲物はこちらだとばかりに後ろの冒険者を無視して走ってくるゴブリンが一匹。


 確認するように前を見れば、未だに戦闘が終わっていない冒険者達。


 もうゴブリンは目と鼻の先だ。


 仕方ない。


 肉体強化だけ発動していた体に身体能力強化も追加する。


 乱杭歯の隙間から涎を撒き散らしながら、剣を右上段に振り上げて躍りかかってくるゴブリン。


 防具は腰蓑だけである。


 ……これに知性があるとは認めたくないなぁ。


 あと少しと左足を踏み込んできたところで、瞬く間に距離を詰めて左膝を踏み割ってやった。


 驚いたろ?


 痛みも混乱もあるだろうに、それでも殺意高く剣を振り下ろしてきたことに、こちらが驚くことになったんだけど。


 どんだけ殺したいんだよ。


 斜めに振られる剣の外側へと逃げる。


 擦れ違う際に触れ合った肩に力を入れて、押し出すようにゴブリンを弾いた。


 左足が使い物にならなくなったせいか為す術なく体勢を崩すゴブリンを、剣を抜いていた運搬役の一人が叩き斬った。


 剣を抜いたのは横目で確認していたので、タイミングはドンピシャだった。


 首をハネられたゴブリンの体が泳ぐ。


 ……これ以上の増員は無いようだ。


 前のパーティーも後ろのパーティーも、安定してゴブリンを倒している。


 残心を解いて顔を戻すと、妙な表情の運搬役と目が合った。


 ゴブリンを倒したお手柄さんだ。


 ……どうしたんだろうか? あ、もしかして……。


「すいません、助かりました。ありがとうございます!」


 お礼待ちかと咄嗟に頭を下げる。


 しかしこれがどうやら違ったようで、表情は変わらなかった。


「……いや。…………お前、どっかで体術でも習ってたのか?」


「はあ、まあ……。故郷じゃ少し年上と毎日のようにチャンバラしてましたが……」


 訝しげな表情のまま、納得がいかなそうに剣を鞘に収めているお手柄さん。


 おそらくは膝を割った動きが引っ掛かっているのだろう。


 もしくはその後の体当たりか。


 しかし知らんぷりだ。


 ここにいるのは、心優しく力持ちってだけの少年だから。


 そこらにたくさんいるよ、気にしないで。


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