第125話 *第三者視点


「どうだ?」


 随分と端的に、このダンジョン攻略の中心人物であるバーゼルが問い掛ける。相手は第一班の護衛を担当した冒険者パーティーのリーダーである。


 安全地帯に張った天幕の一つ、バーゼルのパーティーが陣取るそこは、当初の予定通り報告所として活用されていた。


 ただし怪我人の過多や荷物の残量などの報告だけではなく、においても報告をされているというのは、パーティーで参加している冒険者にしか知らされていない。


「予定通り第一班は二層に残していいと思います」


 そのため、聞かれた方も承知したもので、何の話かなどと聞き返すことなく答える。


 初日における、残す運搬役の選定がされていた。


 当然ながら道はまだまだ長いのだ、階層を下る毎にダンジョンの脅威は上がっていく。これが本来の探索行なら、を引き連れて下層に降りたりなどするわけがない。そんなもの、どちらにとっても良い結果にはならないのだから。


 しかし下層に降りる程に、食糧や水または他の物資が貴重になっていく。人間である以上、たとえ戦力に問題が無くとも、食糧が途切れれば帰るしか手がなくなる。


 ダンジョンの攻略には補給線の確保が必要だった。


 運搬役ポーターの本来の役割はである。故に帰りの体力の方が重要で、最初から重たい荷物を持たせるようなことを、本当ならしない。


 しかし今回に限り、重要なのは運搬される食糧の方であった。


「……あんたらなら、どうにかなりそうな気も……あ、いや、すまん」


 運搬役の目を盗んでまで行うべき選定なのか、疑問に感じていた護衛冒険者の一人が口を滑らせたことで、情報を纏めていたバーゼルが地図から顔を上げた。


「運搬役は必要だ」


「そうだな……小一時間で決着が着くんなら、俺らもこんな大仰な祭りを開いてないさ」


 バーゼルの言葉をフォローするようにライナルトが続く。


「…………そんなにヤバい奴なのか? 悪い意味で言うんじゃないけど……あんたらでも?」


「無理だな。というか、一パーティーでどうにか出来る次元を越えてる。昔の領主様は英断を下したよ。騎士団五百人じゃ全滅、七百人でも逃げ帰ってたんじゃないかな? 千人を、しっかり行軍させて、ってのは見習うべきだな」


 それ程の時間を掛けなければ――まだ体がまともに動くうちならば、たとえ食糧が途絶えたとしても強行突破が出来るだろう。


 幸い、このダンジョンは比較的浅く作られている。


 実力者なら、食糧が切れたとて、最下層の魔物を倒して、お宝を頂いて尚、地上に生還せしめよう。


 しかし――


「あれはどうにもならない。少なくともバーゼルがいなきゃ、俺は国王陛下の命令だろうと潜らなかった」


「そ、そんなにか……あの、ライナルトでも……? あ、いや、すまん……」


 再び頭を下げる冒険者の一人に、ライナルトが苦笑を浮かべる。


「お前も見れば分かるさ。いや、見れなくて良かった……かな? 二層の護衛担当だろ、お前。見たら…………なんだろ? 冒険者の限界ってのを感じてたかもな」


「冒険者の……限界……」


「それでソロでやってる奴らを外したのか?」


 また別の冒険者が手を上げて発言した。


「怖気付くとか思ってるわけじゃないぞ? 最初に説明した通り、連携が物を言う戦いになりそうだったからってのが一つ。個人でやってる奴は、どうしてもスタンドプレーに走りがちだ」


「連携出来る人もいるだろ? ドゥルガさんとか……」


「勿論、ソロでやってる奴が連携出来ないとは言わない。パーティーに入れて戦力の強化を図る、って手があるのは百も承知だよ」


「じゃあなんでだ?」


 それぞれ疑問に思っていたのだろう、誰もが口を挟まずに質問の受け答えを見守っている。


「――運搬役をやって貰うためだ」


 答えたのはバーゼルだった。


 バーゼルの言葉に頷いてライナルトが続ける。


「確実に、たとえ逸れたとしても生還して安全地帯に逃げ込めるだけの実力者が、運搬役に欲しかったんだ。だがそんな実力者に運搬役を頼んだとして、受けてくれるか? せっかくダンジョンを攻略するっていう一大事業に噛めたっていうのに。運搬役ってのは、陽の目を見ることのないポジションだぞ? だからソロの冒険者を外したんだ。――せめて運搬役なら、って思わせるために……」


 ざわめきが波のように広がっていくのを、ライナルトが少し大きめの声を出して止める。


「言っておくが! 無理強いしてるわけじゃないからな。たまたま上手く行ったってだけで、強制じゃない。参加しなかったらしなかったで、手の内だけで遣り繰りするつもりだったよ。……被害は段違いに出たかもしれないが……ダンジョンの攻略をするんだ。それぞれ覚悟はあるだろう?」


「……そうだな。あんたらは自腹で護衛も付けて、地図も提供してる。それに思惑通りって言ったら悪いが、ソロで名のある奴らも参加してくれたしな」


「……それでカルゴ達には力が入ってたのか?」


 納得する冒険者の横で、また違う冒険者が手を上げる。


 しかしこの質問には、一律に飄々とした雰囲気で答えていたライナルトも眉を顰めた。


「あれはうちの責任だな。ちょっと試しに、あいつらを運搬役として最下層まで連れて行ってみたんだよ。やっぱりうちのパーティーでもそこまで余裕が無くてな、ある程度実力のある冒険者に運搬役をやって貰うって結論になったんだが……」


「大役を任されて暴走したと?」


 最下層を担当する冒険者パーティーの一人が、ニヤニヤしながらライナルトの言葉尻を受け持った。


 顔を顰めながらも、ライナルトが頷く。


「選抜の方針も、攻略までの流れも、全部説明しておいたのが仇になったのかもな。……ケジメもある、今回は外れて貰った」


「次回があるかも分からんぜ? 俺だって人生初だ。恨まれそうじゃないか?」


「終わったことだ」


 ライナルトが何か言う前に、バーゼルが話題を締めた。これ以上の問答を許さないという雰囲気があった。


「あいつらに報いるためにも、選定はしっかりとやる。――入れ替えは?」


 バーゼルが天幕に居る冒険者パーティーのリーダー達に問い掛ける。


「あ、四班で怪我人二人。結構やせ我慢してたぞ。入れ替えた方がいい」


「次は五層で、距離だけなら一番長いからなぁ。やせ我慢はマジぃよ、やせ我慢は」


 護衛冒険者の報告に、バーゼルのパーティーメンバーの一人が、悩ましげな顔で外す班の方の運搬役のリストを広げた。


 紙にはそれぞれ『一』『二』『三』と書かれている。


 残すのは第一から第三までの班らしい。


「……っても、ここは似たりよったりだからなぁ」


「あ、そうだ。カルゴと喧嘩になったガキがいたろ? あいつ推すわ。余裕あったぞ、精神的にも」


「……ほうほう」


 レンの横で焚き火に薪を焚べていた冒険者が、悩んでいるバーゼルのパーティーメンバーの一人に注進した。


 リストにある『レライト』の名前の横には三角の印がある。


「うーん……まあ、いいか。なにより体力はあったっぽいしな。外壁沿いを二周したんだろ、こいつ? じゃあ、あと一人は――」


 入れ替えと報告が続く中で、傷男カルゴが暴走したと揶揄った冒険者がライナルトに話し掛けた。


「なあ、おい。何か狙いがあんのか?」


「……フゥ。あなたは本当に謀略とか策略とかが好きですね? ソロ参加の話題になってようやく話し始めたじゃないですか?」


「怒ったのか? 悪い悪い。別に他意があるわけじゃねえよ。はかりごとが好きなんだ。別にいいだろ? それで? 一パーティーで攻略しない本当の狙いってのがあんなら聞いときてぇんだが? ――バーゼルが居て、倒せねえ魔物も無ぇだろ。なんで他の奴も噛ませんだよ。な? 教えてくれよ」


 言葉の軽さとは裏腹に、表情には微塵も巫山戯ている雰囲気は無かった。


「……無いですよ。ソロ冒険者の件でご立腹なのは分かりますけど。カルゴ達を切ったのは、責任を負っているからで、逃したわけじゃない」


「……そうなると、本当に?」


「ええ、最下層にいるのは化け物です。我々は耐久戦を臨みます。――慣れてませんけどね?」


 あえて巫山戯た調子を装うライナルトに何を思ったのか、問い掛けた冒険者は真剣な表情で溜め息を吐き出した。


「……なんでぇ、大した貧乏クジじゃねえか。バーゼルでも無理だってのか?」


「何度もうちの大将に無理って言葉を引っ付けたくないんで……こう答えましょうか?」


 再三投げ掛けられる質問に、ライナルトはうんざりした様子で言葉を返す。


「――――個人でどうこう出来る魔物じゃありませんよ」


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