第123話


 ブリーフィングも滞りなく終わり、いよいよ出発となった翌日。


 俺は冒険者ギルドに来ていた。


 さすがに大所帯で進むダンジョンアタック中に手を出してくることもなかろうと、あのローブは着ていない。


 ここまで来れば特に警戒の必要もないだろう。


 ターニャに至っては、何処からか集めた大量の本を読んで暇潰しを行っている。


 あとは早い攻略を願うばかりだ。


 無事に最下層に居るであろうバカ共を助け出したなら、ダンジョンなんぞに関わることもなくなるわけで。


 ここでのいざこざも、村に帰りさえすれば付いてはくるまい。


 戻れるのだ、日常に。


 未だにチャノスにおいては憤懣遣る方無い想いを持ってはいるが、それも無事であったなら……とも思っている。


 ……ほんと、とにかく村の外って面倒だ。


 飛び出す若者の気が知れない。


「おーし、時間だ。いくぞー」


 軽い掛け声と共に、荷物を満載したリュックやしっかりと中身を詰め込まれた樽等を持ち上げる男達。


 その群れの一人に、俺も数えられている。


 しっかりとした装備で如何にも冒険者然とした一団と、平服だがハチ切れんばかりに荷物を搭載した一団の、混成部隊。


 ダンジョン攻略の尖兵だ。


 運搬役は全てここに居るが、最も重要な主要攻略パーティーの一部は出立式とやらに出ている。


 進むペースを考えて、運搬役が先に発つ手筈になったのだ。


 拠点は二層、五層、七層、九層とそれぞれの階層の安全地帯に置き、補給線を確保して長期戦を挑む計画だ。


 最短で五日、最長で三週間ばかりを区切りとするそうだ。


 三週間は……テッド達、死んでるんじゃないかなぁ?


 ターニャが言うには一ヶ月でギリギリ死ぬということだったので、それまでには間に合わせたい。


 いや死ぬて。


 せめて生きてる計算をしてあげて。


「よーし! 第一班、入ってくれー」


 再び掛けられた声に俺の居た列が進む。


 運搬役は全部で九十名、各階層に二十名ずつが振り分けられるという。


 余り? を入れているのだ。


 人の命が安い安い、ハハハほんと嫌い、ダンジョンも冒険者も。


 護衛のパーティーは十名に二パーティーずつ付く。


 計九列、十八パーティー。


 最下層の魔物を攻略する主要パーティーを含めると二十三パーティーになる。


 二百五十余名の大集団だ。


 ダンジョン攻略ってこんなに大袈裟になるものなの? とは思ったのだが、最初の攻略を噛ました騎士団とやらは千人の集団だったらしい。


 それに比べると少ない。


 ちなみに攻略時は三割強が減っていたという全滅判定一歩手前。


 やはり最下層の魔法が使えない部屋がネックであったそうだ。


 ではどうしたのか?


 物量で押したのだ。


 いつでも筋肉が僕らの答え。


 さすがに月日も経ち、冒険者の質も強化され、ダンジョンの未知は薄まりつつある昨今。


 同じような結果にはならないとは思うが……やはり危ないことは危ないのだろう。


「うっし! このダンジョン攻略で箔をつけて、愛しのリディちゃんにプロポーズするぜ!」


「先月ガキが生まれたんだ、へへへ。あん? いや、帰ったら引退するさ。デケェ手土産持ってな」


 だってあちこちでフラグが乱立してる。


 ちょっ、班変えてくれないかなあ?! なんでどいつもこいつも死に急ぐの?! なんで俺の班は似たような「俺、帰ったら――」を聞いて欲しがるの?!


 今更変更が効くわけもなく、人を呑み込まんとする地下への大穴に、列を乱すことなく足を踏み入れた。


 這い寄ってくる冷気は、まだ寒い時期だからだと思いたい。









 ダンジョンの中は暗く、また広かった。


 パーティーメンバーを七名前後にする理由も分かる。


 とにかく横にも縦にも広いのだ。


 通路は十人と言わず擦れ違えそうな大きさだった。


 入口はむしろ狭い部類だったんだろう。


 このサイズは……人というより、むしろ現れる魔物の大きさに合わせられているように感じる。


 それが正解かどうかは分からないが、これじゃ確かに目も耳も多いに越したことはない。


 なるほどなぁ。


 想像よりも多いパーティーの人員数も、これで理解出来た。


 スケールが違うんだな。


 となると十階層というのも、そこそこの深層になるんだろうか?


 割と浅いというイメージがあっただけに、気を引き締め直した方が良さそうだ。


 最下層以外はなんとかなると思っていたから余計に。


 食糧や日用品を満載したリュックを背負い、酒が入っているという樽を抱き抱えている。


 私物は例のローブと念の為に持ってきたナイフだけという貧弱仕様だ。


 なるべく身軽な方がいっぱい運べると思ったのだが、どうやら裏目……。


 他の運搬役が、防具はともかく全員帯剣している理由が分かった。


 護衛がいるからと油断せず、自分の身は自分でということなのだろう。


 ……早く言ってよ、ほんと。


 もっとギチギチの行軍なのかと思っていたのだが、この道の広さからしたら乱戦もありうるな……。


 どうりで避難経路の確認を入念にすると思った。


「よし、俺達は真ん中の道を行くぞー。こっからはあんまり大声出すなよ」


 先頭に立つ護衛パーティーの中から斥候が出る。


 松明を手にしているのがリーダーだろう。


 ……とにかく決められた手順通り、護衛に挟まれながらあの松明の後を追えばいい。


 すぐさま戻ってきた斥候が出すハンドサインにリーダーが頷いて行軍を開始した。


 ……ヤバい。


 避難経路、あんまり真面目に覚えてなかったんだよなぁ……置いていかれたらミイラ取りがミイラになりかねない。


 おそらくはテッド達が感じたであろうドキドキとは別種のドキドキを感じながら、俺は逸れないように沼地へ誘う光ウィル・オー・ウィスプを追い掛けた。


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