第120話


「なっ?! 何故ですか?! ライナルトさん!」


「何故も何も……お前、うちの大将の言うことに逆らったんだぞ?」


「お、……俺達に、そんなつもりはなくて……」


「つもりがあろうとなかろうと、試験の内容は攻略に参加する全パーティーの意見を纏め、バーゼルが良しと認めたものだ。お前達はこれに反した」


「違っ?!」


「違わない。……いつまでも子供の勢力争いギャング気質が抜けないからそうなる。元々が俺達の運搬役に着くことが多かったから、適役だろうと選別を任せたというのに……分かってるのか? バーゼルの信頼を裏切ったんだぞ? ……リーダーの命令に従わない班はいらない。攻略パーティーからは抜けて貰う。これは決定事項だ」


「待ってくれ?! 違うって言ってるだろ! 話を聞けよ!」


 無慈悲な通達にロン毛が言葉を荒げて抗う。


 それが無理筋だと分かっているのかいないのか……。


 雇用主がクビにすると言ってるのに、嫌だと訴えたところで残留出来るわけがないのだ。


「既に聞いた」


「なんにも聞いてねえだろうが! そもそもあんたにそんな権限は無えだろう?! バーゼルさんと話させてくれ!」


 それでも食らいついている理由は、ダンジョンの攻略という一大事業から外されそうだからだろう。


 キャリアという言葉が冒険者にあるのかは分からないが、確か……実績みたいなものは記録されると聞いていた。


 分け前的な意味合いでも実入りが違うのは、目の色を変えていた幼馴染からして知っている。


 ダンジョンって宝くじ的な位置付けだよね。


 ……しかし敬語、タメ口、あんた呼び、ごちゃ混ぜだなぁ。


 本人も混乱しているんだろうけど。


 ……尚の事、目は無さそうである。


 言い合い……というよりは一方的に捲し立てるロン毛だったが、外野からの野次によりそれも続けにくくなる。


「往生際が悪ぃんだよ!」


「引っ込めリドナイの恥晒しが!」


「……儲かった、ありがとー」


 ターニャちゃん?


 さすがに不合格になった冒険者百五十名に罵られるこの場の不利を悟ったのか、悔しそうな表情を浮かべながらも、傷男に肩を貸すパーティーメンバー共々退場していくロン毛。


 最後に吐き捨てるように残した言葉は、こちらにまでは届かなかったものの、近くにいたライナルトには届いたのだろう、眉を顰めていた。


 ……憎々しげな表情で、真っ直ぐにこっちを見て、吐き捨てられたなにがしか。


 誰宛てだろう? 不思議だな。


 何度目かの深い溜め息を吐き出したライナルトが、こちらへと近付いてくる。


 残念ながら信用などないので、魔法は解除していない。


「フー……まずは謝罪しよう。こちらの不手際だ。すまなかった」


 謝ってないな?


 一片も頭を下げる気配の無いイケメンにそう思うのは、前世から培われたヴィジュアル劣等感のせいだろうか?


「謝ってねーぞ」


 俺じゃないからねっ?!


 神速で顔を振れば、めちゃくちゃ不満そうな面した赤毛のツンツン――確か、ライナスとやらが立ち上がっていた。


 手をポケットにそっぽを向いて、態度からしてライナルトが嫌いだと言っている。


「……そうだな。代わりと言ってはなんだが、ここにいる合格者に再試験は求めないよ」


 ありがてぇ。


「別に何回やろうが受かるんだよ。素直に頭下げろ」


 やめろやぁ。


 再燃しそうな騒ぎに辟易としたのは、何も俺だけじゃなかったようで。


「もう勘弁しろよお前ら……。ガキの繰り言は終わったんじゃねぇのか? おじさん、疲れちゃったから試験無しはありがてぇよ。いいんかよ?」


 全く同感である。


 やっぱり精神年齢が近いからかな?


「はい、大丈夫です。最後のは常識問題みたいなのでしたから。暴れ牛鳥の血に関する運搬時の注意とか、ギルド式のダンジョンの地図記号の解読とかなので」


「そんなの間違うわけねーだろ。なんで試験にしたんだ?」


 あ、はい……ターニャさんに聞いて予習しときますね?


 噛み付いたライナスに眉間に皺を寄せるライナルト。


 再び開こうとするライナルトの発言をおじさんが遮る。


「やめやめ。もう、ほっんとお前らは……。名前が似てるから間違われることが多くあるってだけで、周りを巻き込んで喧嘩するのはやめてくれ」


「「そんなんじゃねえ(ありません)!」」


 なるほど。


 二人とも有名なせいか取り違えられることがあるらしい。


 タイプも違うっぽいので、それがまた相手への悪感情になっているのだろう。


 しかし本来ならまだごちゃごちゃと続きそうなところ、この二人の不仲によって今後の話などがスムーズに進んだのは、俺にとっては幸いだった。









「……レンは、トラブルが好きだね」


「違うんだよターニャちゃん」


 見事、ダンジョン攻略パーティーの運搬役を勝ち取ってきた幼馴染に対する幼馴染の言葉である。


 賭け札から何から、どこまでがこの娘の予想通りだったのだろう? 何度目かの疑問だよ。


 幼馴染の謎は深まるばかりだ……。


 一緒に帰ろうと思っていたのに、一人でさっさと帰っていたことも含めて。


 このうえトラブルが好きだと思われるのは問題である。


 いいかい?


 トラブルが、俺のことを、好きなんだ。


 問題である。


 宿を移してターニャと話している。


 お次の宿はかなり豪華で、入口のところに守衛さんがいたぐらいと言えばランクが分かるだろうか?


 いくらなのか聞くのが怖い……そんなに儲かったの?


 ……いや大丈夫だ……運搬役の賃金が予想よりも高かったから、纏めて返せる筈である。


 本当に、村の外の何がいいのか……今度テッドとチャノスに会ったら問い掛けたい。


 前の宿を辞する時に、看板娘だという女の子の秋波にも応えることが出来なかったし……。


 全然楽しくないよね、ダンジョン都市。


 幾度もフッ掛けられる喧嘩沙汰が、その感想を後押ししている。


 広くなったベッドに腰掛ける幼馴染は相変わらず何を考えているのか分からないジト目でこちらを見てくるし。


「俺は平穏を愛してる……。つまりは村を愛してるんだよ、分かる?」


 早く帰りたいの、ぶっちゃけテッド達が自力で出てきてくれたら、全殺しを半分に負けてあげてもいいと思ってるぐらいには。


 それだけ平穏が好きなんだよ、分かる?


 力説しようとする俺を無視して、買い物をしたのであろう膨らんだリュックを漁るターニャ。


 あれだけ食べてたのにまだ食べるんだろうか?


 ゴソゴソと取り出したのは――――真っ黒な……ローブ?


 ターニャの趣味っぽくないデザインである


「……これ、レンに」


「俺ぇ?!」


 突き出されたローブにどう反応したらいいものやら困ってしまう……お祝いかなぁ?


 受け取ったローブは艶消しのような黒でフードが付いた一品だ。


 肌触りはイマイチで、これが高いのか安いのか混乱させるような出来である。


「……それ、出土品」


「なるほど、出土品……」


 教えてターニャ先生グーグル


 欲しがるようにターニャを見れば、分かっているとばかりに答えてくれた。


「……ダンジョンから出た、天然の魔道具」


「へえー……。つまりダンジョン産の…………お宝、なのでは?」


 チャノスの話に幾度も出てくる、ダンジョン産のお宝とやらが脳裏を過る。


 え、えええ? いぃぃ、いくら? いいいいくら、これ?


「……大丈夫。それ、めちゃくちゃ安い……から」


 赤子を寝かせるより丁重にベッドにローブを横たえていると、ターニャがボソリと補足してくれた。


「いや魔道具でしょ?! しかもダンジョン物! 嘘付くなよ! 返品してきなよ! 早まるなよ! まだ間に合うよ!」


「……本当」


 なら安心、とはならない。


 どう考えても高いだろ! なんで魔道具が安いんだよ?! うちには一個も無いんだぞ?!


 興奮する俺を宥めるように、冷静な声でターニャが続ける。


「……それは性能が良くない、いわゆる『ハズレ』だから」


 は、ハズレ? そんなのもあるの?


「そ、そうか、ハズレ品か。っていうか、アタリハズレがあるのか、ダンジョン……」


「レンは知識が偏ってる」


 そんなことない。


「じゃあこいつの性能ってよくないの? ……着たら呪われるとか無いよね?」


「……」


 おい、ちょっと待て。


「そこで黙るのはおかしい、おかしいよね?」


「……ある意味……」


 ある意味なんなのかな? そこで途切れるのもおかしいな? おかしいよねぇ?!


 続くターニャの説明は、驚きの内容であった。


 しかしこれをターニャが俺にと買ってきた理由にも納得がいくものでもあった。


 ……なるほどねぇ。


 使えそう、使えそうではある……。


 しかし。


 …………出番があるかなぁ?


 無きゃ無いで喜ばしいと思えるような能力が、この怪しげな黒いローブには隠されている。


 ――――出番がないことを、祈るばかりだ。


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