第119話


 沈黙が耳に痛い、いやさ注目が心臓に痛い。


 変な脂汗が出てくる中で、右に左に視線を飛ばす。


 冷静に賭け札の換金を求める幼馴染は置いておいて、度肝を抜かれたように呆ける合格者の方々もともかく、今は額に青筋を立て始めた傷男のパーティーメンバーの方が問題だろう。


「て…………っ!」


 スラリと長剣を引き抜いたのはロン毛だ。


 最初の頃にあった柔和な雰囲気は自らが放つ殺気に食われ、ヘラヘラとした表情も、本当に存在したのか疑わしい程に消えている。


 さすがに見咎めた冒険者ギルドの職員さんが静止の声を上げる。


「なっ、にを……何をしてるんですか?! それは認め――」


「黙ってろ」


 ドスの効いた声で職員さんを封殺するロン毛。


 触発されたように他のパーティーメンバーが得物を抜き放つ。


 先程までの沈黙が嘘だったかのように、蜂の巣を突いたような騒ぎになった。


 関係ないとばかりに俺を逃さないよう包囲を広げ距離を詰めてくる傷男パーティー。


 凶器を手にしたロン毛に問い掛ける。


「それは犯罪なのでは?」


「うるせえ!」


 完璧にイッちゃってんな。


 いち早く距離を取った職員さんは利口だと思う。


 一番巻き込まれやすい位置にあったしね。


 じゃあしかし、未だに余裕の表情で傷男パーティーを見つめる合格者の方々は何なのか。


 決まってる――文字通り、相手にならないからだろう。


 ここに残っているのは、傷男なんかよりもよっぽどの実力者達なのだから。


「よせよせ、何見てたんだお前ら? 全然ガキっぽさが抜けてねえじゃねぇか。犯罪者になりたいのか?」


「恥ずかしい奴らめ。テメェらでフッ掛けといて思い通りいかなきゃ我慢がならん、ってか? アホくさ。ドゥルガさんもよく止めますね? もうバーゼルさん呼んでくりゃいいんすよ。そん方が早い」


 特に余裕なのが片眼のおじさんに赤毛のツンツンヘヤーだ。


 あんまり煽らないであげて。


「……っ! こいつが悪いんだろうがあ!」


 いや待て、そりゃあんまりやで、俺止めたやん、心の中で。


 叫ぶロン毛に呆れた表情を浮かべたのは俺だけじゃなく、ましてや一人や二人だけでもなかった。


 圧倒的な視線の圧力で、ロン毛以外のパーティーメンバーの足が鈍る。


 しかしロン毛が頑張って声を上げる。


「イッ、イカサマしたんだ! 魔道具を使った! じゃなきゃあり得ねえ! 思えば最初からおかしかった! こんな奴のどこにあの重さの籠を持ち上げる要素がある?! そうだろ?!」


 うん、まあ正解だけど。


 溜め息をつかんばかりにうんざりとした表情で、代表して片眼のおじさんが応える。


「サマも何も……持ち上げて、運べりゃ、それで運搬役だろうが。何言ってんだお前?」


 あ、そうなの? 魔法無しとかじゃなくて?


 そう言われると、そもそも募集要項にそんなものはなかった……最下層まで荷物を運んだところで、魔法が使えないのはボス部屋だけなのだし。


「今の決闘の話をしてんだよ! もう黙ってろオッサン!」


「おう、そうするわ。どうやらの役者が来たからな」



「なんの役なんですか、ドゥルガさん……」



 騒ぐ野次馬を割って、長い金髪を揺らすイケメンが現れた。


 表情は困惑したものだが、油断なく周りを見渡している。


 ――――隙が無い。


 顔も雰囲気も見覚えがあった。


 バーゼルがダンジョンから上がって来た時に、一緒だった冒険者の一人だ。


「なんの騒ぎですか? リュクス、説明を」


「カルゴがやられたんだ! ライナルトさん! ――そいつに!」


 勢いのままに叫ぶロン毛だったが……その顔には冷や汗が生まれていた。


 もしくは勢いで誤魔化せるとでも思っているのかもしれない。


 ロン毛が指差す人垣の方に、未だ寝転がっている傷男を確認すると、鋭い視線のままに俺を一瞥するライナルトさんとやら。


 マズい?! これは誤解を解かなくては! ――――とはならない。


 いくらなんでも無理がある。


 野次馬も職員さんも冒険者も、一様に『うへぇ』と言わんばかりの顔をしている。


「……落ち着け、リュクス。まずは最初から説明してくれ。なんでカルゴはやられたんだ?」


「だから! こいつが……こいつが!」


「ああ待て。試験の最初から説明してくれ。いやに合格者が少ないのも……何か騒ぎと関係があるのか?」


 ドゥルガの方を見て、合格者の人数に当たりを付けるライナルト。


 ドゥルガはそれに何も言わず、ヒラヒラと手を振って応えるだけだった。


「し、試験は――」


 リュクスとかいうロン毛の説明が始まった。


 それはご多分に漏れず、都合のいい解釈をした独断と偏見に満ちたもので、なんとか自分達を良い様に見せようと要所要所を取り繕って隠した言い訳だった。


 ……もうどうにもならないというのに。


 説明を聞かされるのは、何もライナルトだけではない。


 試験の不合格を言い渡された冒険者も、野次馬に混じっているのだから。


 隠しようがないだろ。


 現に何人かは首を傾げている。


 説明が一段落すると、ライナルトは考えを纏めるように何度か頷き――近くにいた冒険者ギルドの職員を呼んだ。


 これに慌てたのはリュクス。


「ちょ?! なんで!」


「なんでも何も……公平を期すためだ。なんのために仲介をギルドに頼んだと思ってる? 中立の立場の意見を求めるのは、別に変なことじゃないだろ? 少し落ち着け」


「違っ……! あ、あいつが逃げますよ?! だって――」


「いいから、少し静かにしてろ」


 鋭い視線で切って捨てられたロン毛は、しかし他に手が無かったのか、ギルド職員を睨むに留まった。


 冒険者ギルドの職員が三つの試験の説明を始めた。


 大枠は噛み合っていた説明も、細かいところで異なり、険しい表情に変わっていくライナルト。


 不合格になった受験者にも説明を求め、関係のない野次馬にさえ事情を聴取し、ある程度の話が伝わったと思われるところで、ライナルトは深い溜め息を吐き出した。


「……リュクス」


「は、はい!」


「まず……大、中、小の籠ってなんだ?」


 うええ?!


 これには試験を受けた冒険者の殆どが驚いた。


 そこから? 俺はてっきり、名前を聞く前に落とそうとしたことに言及するのかと……。


 慌てて答えるロン毛からして、どうやら悪いことをしていた自覚はありそうな感じだが。


「あ、ある程度の積載量を知っておこうかと!」


「ほう。まあ確かに……運搬役を選ぶ裁量の範囲かもしれないな。しかし報告無しか?」


「し、資料に纏めて渡そうかと思ってたんです」


「そうか。だが街の外周を二周するというのはなんだ? こっちが決めた最低線は、だった筈だが……」


 これには不合格になった冒険者が罵倒を始めた。


 特に二週目を走らされてギブアップした第一走者からの暴言が酷い。


 俺にしたら重りの増量までされてたからね、気持ちは分かる。


「あの……あ、あれは…………そ、想定より合格者が多くて! ……ふ、篩に掛ける必要があるかと……」


「それは独断が過ぎるぞ。いつからそんなに偉くなった? しかも『合格者の戦闘力を見るために手合わせ』? なんだそれは。倒した魔物の運搬時の注意事項や、逃走経路を覚えるための簡単な記憶力を調べるテスト、だっただろう」


 それ、落ちてた可能性あるなぁ。


 ……ちょっと助かったかもしれない。


 厳しい表情をするライナルトの視線に耐え兼ねて俯いてしまうロン毛。


 勝負あったな。


「寸止めを断って不合格を餌に手合わせを強制したそうじゃないか。カルゴは自業自得にしか思えん」


「そんな?! …………くっ!」


 悲痛な表情で顔を上げたロン毛だったが、ライナルトの視線に圧され、再び顔を俯かせる。


 しかしその表情は納得がいっていないのか、酷く憎々しいものだった。


 逆恨みされてそうな予感がする……。


 しばしロン毛を見つめるライナルトだったが、険しい表情のまま一度目を瞑り、細い息を吐き出した後に、しっかりとした声で告げた。


「お前達のパーティーは攻略から外れて貰う」


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