第118話
「……思いっきり、やっていい」
木っ端微塵になっちゃうよ。
最前列で祭りを満喫しているターニャの言葉である。
前に出ろと言われてから、片眼のおじさんが傷男と
「いや、死ぬし。捕まっちゃうし。少なくとも合格は無理でしょ」
「……殺さない程度に」
俺とターニャの話を聞いている隣りのおじさん連中がギョッとしている。
大丈夫、俺もビックリしてるから。
「なんかこう……他に上手い作戦とかないの? 運搬役になる以外で」
その頭脳を十二分に発揮しておくれ。
「……レン。そうそう都合の良いことばかり……起こるわけがない」
「そもそも都合の良いことが起こった試しがないんだが?」
「……どん、まい」
グッと突き出される親指、両隣のおじさん連中も真似して突き出してくる。
折られたいのかな? 暴力の許可は今出たばかりだが?
「ともかく食うのやめろや。なにそれ?」
「果実飴」
林檎程大きくない林檎飴のような物を舐めているターニャは、世の中も存分にナメている。
溜め息を吐いて後ろをチラ見すると、粛々と円形の決闘場が出来上がりつつあった。
運営側と受験者側に分かれているところを見るに、どうやら本当にやるらしい。
おじさんの説得はどうなったのか?
「……帰りたい。村に帰りたい。…………帰りたいなぁ」
これがホームシックってやつかな? だとしたら強力だ。
海外に派遣や出向で送り出された同期に、も少し優しくしてやれば良かったなと思うぐらいには強力。
「雪は止んだけど積雪はあるだろ? 雪掻きとか雪落としとか……あー、ケニアがまた料理の練習とか言ってスープ持ってきてくれたり……テッドやチャノスとカマクラ作ってさ? 中でアンが肉焼いてくれて……ねぇ、ターニャちゃん」
「……ブチのめせばいい」
ターニャちゃん?
「おい! さっさと準備しろ! それとも不戦敗で不合格にされたいのか!」
背後から掛けられた衝き上げるような声に振り返ると、傷男が準備万端で真ん中に立っていた。
審判役なのか、少し離れたところに立つギルド職員。
合格者の一角にはおじさんが渋面で腕を組んで立っている。
説得は実を結ばなかったようだ。
「……はいはい」
「……レン、がんば」
幼馴染の
傷男の武器が真剣から木剣に変わっている。
「……フン」
態度は変わらない……いや尚悪くなったという意味合いでは、酷く変わったなぁ……。
向かい合うような位置に立つと審判役に着いたのであろうギルド職員さんが言う。
「最終試験は、ある程度の戦闘力を見るそうです。恐らくですが、いざという時のための予備戦力として……」
「違う。勝手な解釈するな。あんたは言われたことだけやってりゃいい」
トントンと木剣で肩を叩きながら傷男が職員さんの言葉を遮る。
『……じゃあなんでやるんだよ?』とは共通の認識だろう。
仕切り直すように「失礼」と断ってから職員さんが続ける。
「武器はギルドが用意した木造の物を使います。手合わせということなので、
「生っちょろいこと言うんじゃねえよ。おいガキ、寸止めは無しだ。腕の一本や二本は覚悟しろ。そんなのはダンジョンに潜るんなら、当たり前の覚悟だからな? 嫌なら失せろ。不合格だ」
再び遮られた職員さんがムッとしている。
俺は深い溜め息を一つ吐き出して言った。
「説明を一々遮んなよ。あんたはどうだか知らないが、こっちは真剣に運搬役を取りに来てんだよ。分かったら大人しく待ってろ、ガキが」
ブン殴られて消えろ。
プッツンしたのか手の甲に血管を浮かび上がらせる傷男。
……こいつは、あれだな。
全然怖くない。
少なくとも、賊の頭領や片眼のおじさんよりは大きく劣る。
しかしそれとこれとは別問題。
いい加減、頭にキてるのでちょっと懲らしめるぐらいはいいと思う。
ターニャも賭け札を買っていたことだし。
夕飯が豪華になるぐらいは役得があってもいいだろう。
こいつが変に目を付けなきゃ、悪目立ちすることなく運搬役に収まっていたと思うと尚更である。
「そ、それじゃあ……ぶ、武器を選んで……」
青筋立てて睨み合う両者に挟まれた職員さんは、それでも責任があるとばかりに武器を勧めてきた。
「必要ないかな、こいつ程度に」
元々無手だけど、煽りたいばかりに挑発を絡ませる。
「……ただで帰れると思うなよ」
「無論、運搬料金は貰うに決まってんだろ? お前バカか?」
ギシギシと柄を握り潰さんばかりに力を込めていた傷男は、開始の合図の前に腰を落としてきた。
こちらも両強化を二倍で発動する。
「そ、それではあ! ――――始め!」
合図一番、飛び出してくる傷男を突っ立って待つ。
特に構えることもなく両手をブラリと垂らして、怒号のような歓声を耳にしながら、凶相も露わに走り込んでくる傷男をただ眺める。
――――遅ぇ……。
予想よりも実力が無いのか、それとも両強化の効果の高さか、傷男の動きがスローモーションのように流れる。
ようやく間合いに入ったのか、肩に乗せていた木剣を体を捻るようにして振り下ろしてきた。
踏み込んだ右足に体重を乗せているので、この一撃がフェイントでないことがよく分かる。
斜めに降りてくる木剣の狙いは――頭だ。
殺す気か?!
逸らすべく右手を振るう。
掌底の形の拳が木剣の側面を捉え――――砕いた。
驚きを飲み込んで、反射的に突き放すような横蹴りを繰り出した。
避けられることもなく刺さった蹴りが、傷男の体を重力の楔から解き放つ。
ボールのようにスッ飛んでいく傷男に違和感があった。
…………あれ? 二倍だよな?
飛び込んでくる傷男から逃げるように人垣が割れて――逃げ損なった野次馬に傷男がストライク。
あ、やべ。
手加減の具合から生まれた疑問は、波のように広がっていく沈黙に呑まれて消えた。
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