第117話
最終的に残ったのは六人になった。
…………いや、明らかに少ないだろ? どうすんだ、これ……。
厳選と言えば聞こえはいいかもしれないが、運搬する量や距離、ダンジョンの深さなんかも考慮すると、どう考えても規定数には満たない。
現に傷男のパーティーが集まって話し合っている。
敗者復活戦でもするんだろうか? そもそも落とすなよ、って言われそうな不備だ。
「どうするんですかね?」
残った六人の中で、俺を除けて一番若いであろう一人が、片眼に傷があるおじさんに話し掛けた。
一番若いといっても、二十代も後半の雰囲気がある。
ツンツンに立たせた髪は赤毛で短く、一重瞼が人相を悪くさせている。
それぞれがギルドの壁を背に立っているのに、この兄ちゃんだけ中腰で話し合う運営を見ている。
問い掛けの意味は、残った六人には共通の疑問だったのだろう、おじさんは問い返すこともなく無精髭をジョリジョリと擦った。
「……うーん、まあ……若さってやつかねぇ」
「ドゥルガさん、いつもそれっすね」
「おいおい、俺に当たんなよ。俺だって受験者なんだぜ? 知らねぇよ。ただ……ちょっと先走ってる雰囲気はあるけどな」
「ナメられんようにするのは分かるんすけど、なーんか肩に力入りすぎてる感ありますよね?」
「元々バーゼルのパーティーの運搬役してただろ、あいつら? プライドみたいなもんでもあるんじゃねぇか? ……お前、あれだろ? ソロ参加出来ねえから文句言ってんだろ?」
「それもあります。つか、ソロ参加出来ねえからこっちに来た奴って多いっすよ。そもそも実力順で決めてれば……」
「バーカ、それじゃパーティー毎の連携が出来ねえだろうが。最下層のボス部屋は魔法が使えねえらしいからな……持久戦になんだろ? なら手の内が分かってる方がいいさ。『個』で立ち向かえるかよ。バーゼルがある程度知ってるパーティーを選んだことで分かんだろうが」
「でもおかげさんで、運搬役選び、失敗してんじゃないすか……」
「……うーん」
あ、それは否定しないんだな。
どうもこの二人は実力者なのか、それとも知る人ぞ知る冒険者の顔役というやつなのか、他の三人も口を挟まずに黙って話を聞いている。
「……やり直しですかね?」
「うぇ……それは勘弁だぜ。どんだけ走らされたと思ってんだよ。二階層分は余裕であったぞ? 必要だったか?」
「自分らは出来るとでも言いたかったんじゃないすか? ……それか一人一人で二階層分担当するとか?」
「そんときは俺降りるからよ、お前四階層分やれよ」
「そっちの方が伝説ですよ」
「まあ……」
そこで片眼のおじさんがこちらをチラリと見た。
「油撒かれたのには違いねえけど」
釣られるように赤毛のツンツンもこちらを見る。
「あー……ハァ。やっぱりあいつらって青いっすねー。まあ、デケェ方の籠持ち上げたのには俺もビビったっすけど」
「おー、ありゃ凄かった。細ぇ腕なのにな。なあ、なんかそういう仕事を日常的にしてんのか? 蔵出しとかよ?」
片眼のおじさんが話を振って来たので、他の合格者の注目も集まった。
「あー……ええと、蔵出しもやったりします」
嘘じゃない、チャノスの店のを手伝うこともある。
年一であるかないかだけど。
「だよなあ? やっぱりか。まあでもこれはあいつらに見る目が無ぇとは言えねえだろ。へへ。度肝抜かれたのは俺もだからよ」
「名前聞く前にハネたのは、どう考えても空回ってましたけどね」
「先にデケェ方の籠持ち上げる奴が出たからよ、焦ってイラついてたんだろ」
「……いや、それドゥルガさんですよ」
「お前もだろ、ライナス」
「どっちにしても、あんなの実際の戦闘力とは関係……」
赤毛が吐き捨てるように愚痴を溢し掛けたところで、傷男達の話し合いが終わったのか近付いてきた。
次はなんだと不合格者も野次馬に回り、ギルド横の空き地はお祭りの様相を呈してきた。
代表はやはり傷男なのか、一歩前に出て声を張り上げる。
「次はお前らの戦闘力を見る! ――――
「ちょっと待て」
歓声が上がった後に、タイミングを見計らったように片眼のおじさんの声が響いた。
あ、このおじさん強えな。
「俺らは運搬役だぞ? 精々が戦闘の邪魔にならないように、逃げる試験か対応力を見る試験ってとこじゃねえのか?」
「……あんたが勝手に決めんなよ。こっちは予定通りに進行してるだけだ」
……なんか危ない雰囲気だぞ?
大丈夫か、この試験?
キョロキョロと逃げ道を探すように辺りを見渡すと、串焼きを両手に観戦しているジト目を発見。
いや手を振るな、握り拳を作るな、食うな、勧めんな、盛り上がんな。
余所見をしている間に話が進んだのか、傷男がスラリと腰の長剣を抜いた。
…………いや本物じゃねえか?!
そう思ったのは俺だけじゃなかったようで、片眼のおじさんが呆れたように言う。
「待てよ。やるとしても木剣だろうが。……何考えてんだ? 頭冷やせ」
「最下層の戦いってのは遊びじゃねえんだよ。……行ったことねえあんたらに分かんねえんだろうがな」
ボソリ付け足された言葉に赤毛が反応して立ち上がった。
「あっはっはっは……そこら辺にしとけよ、クソガキ。テメェの力みたいに言ってんじゃねぇぞ、金魚の糞が」
「あんたからか?」
「つまんねえ冗談だな? 俺で終わりだ」
「ハァ……待て待て待てお前ら! 頭冷やせ!」
ヒートアップするのは両者だけじゃなく、フラストレーションが溜まっている不合格者もそうなのだろう、野次馬を巻き込んでの大歓声だ。
やんややんやの大喝采に売り言葉に買い言葉が空き地を飛び交う。
本来なら止めるべきパーティーメンバーも渋い表情で顰めっ面だ。
……いや睨まれてもよ。
なんらかの決着が着いたのか赤毛と傷男が距離を置く……というか、おじさんが引き離している。
年長者って大変だよなぁ。
他人事のように見ていたら、離された傷男が剣をこっちに向けてきた。
「レライト! まずはテメェだ、前に出ろ!」
誰だろう? 僕は村じゃレンで通ってるんで分からない。
念のためターニャにアイコンタクトで『帰る?』と告げたのだが……伝わっているのかいないのか、首を振って賭け札を買い始める始末。
きっと伝わらなかったんだなぁ……。
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