第115話


「お前は失格だ。ズレろ」


「…………え?」


 ちょっと何言ってんのか分かんない。


 運搬役の適性試験の合格条件は、今から出されるお題を、三つ全てクリアすることだと言われた。


 お題は三つ一遍に出されるわけじゃなく、一つ置きに審査員が合否判定をするというもので、いわゆる『篩い落とし』系。


 ようするに、一次、二次と突破していけというもの。


 就活みたいなもの……というか就活ですね。


 集められた冒険者が見守る中で、説明役だと言う冒険者の男が、ギルドの職員に用意させた背負い籠を指差しながら言う。


「一つ目の試験は、これを持ち上げて貰う。運搬役なんだから、これぐらい持てないようじゃ話にならねえ。――更にだ!」


 男の言葉に呼応するかのように、今度は職員ではなく冒険者が背負い籠を持って現れた。


 言葉通り、更に二つ。


 大きさ的に、大、中、小と並んだ背負い籠。


 大に至っては四人掛かりで運ばれてくるという重量感。


 雰囲気出してるなぁ。


「ここで持てる量も調べときてえ! 限界だと思う籠を持ち上げてくれ! 実入りも違ぇからな、手ぇ抜くなよ!」


 咆える冒険者の男に、咆え返す受験者達。


 俺も一応ノッておいた。


「かくざーーーーーーい! はんたーーーーーい!」


 ちょうどよく消される声がストレス解消にいい感じ。


 週二でやってくんねぇかなぁ……試験。


 興奮もある程度の収まりを見せたら、今度は列を作れという指示の下、試験が開始された。


 騒ぎ自体は収まらない感じで、野次と冷やかしが飛び交いながらも試験は進んでいった。


 様子見をする受験者もいたので、最後尾辺りに着けたというのに俺の出番は中盤の方になった。


 説明役の……短髪で、腕やら顔やらに傷跡を残す厳しい表情の男が、受験者の名前を記入しながら合否判定もこなしている。


 ただこいつはバーゼルのパーティーにはいなかったと思う。


 噂の中心であるバーゼルやそのパーティーメンバーはここには来ていないらしい。


 一度しか見ていないものの、インパクトが強かったので覚えている。


 こいつらは、おそらく合同で攻略をするという他の冒険者パーティーなのだろう。


 試験の内容は、説明役の男に名前を告げて、言われた通り自信があると思われる籠を背負って立ち上がるというもの。


 背負い籠なのでかなりの重さまで持ち上げられると思うのだが、ここまで『大』を持ち上げたのは二人だけという狭き門だ。


 『小』を持ち上げた奴の中にも不合格者は出ている。


 おそらくはフラつきや立ち上がる時間を考慮してのものだろう。


 とりあえず『中』を持ち上げとけば問題ないのだが……ここで『大』を持ち上げるのは確定事項だろう。


 なるべく最下層に近い担当がいいのだ。


 少しばかり強めのアピールをする必要がある。


 試験の合格は疑っていない。


 ドーピング魔法があるのだ、負ける方が難しい。


 そんな楽観的な考えを嘲笑うような不採用通知ごめんなさい


 それまでは何事もなく列を消化して、いざ俺の番という時に訪れた理不尽だった。


 ……まだ名前も聞かれてないんですけどぉ?!


 そこそこ自信があったので、この予想外の落とし穴に動揺を隠せない。


 思わず周りを見渡してしまう。


 しかし味方なんているはずもなく、首を振ったり傾げたりされるだけだった。


「チッ、早くズレろ。つかえるだろうが」


 舌打ち?!


「あ、あの……まだ名前も……というか試験……」


 おずおずと抵抗するといかめしい面を更に歪ませて、もう一つとばかり大きな舌打ちをされた。


「あのなあ?! 俺たちゃ真剣に選別してんだよ! テメェみたいな冷やかしはさっさと帰れって言ってんだ、ガキが! ……ブン殴られる前にズレろ」


 なんたる私情だろうか。


 確かに最年少っぽく見えるけど……あくまで『っぽく』だ。


 同じような若さの冒険者だっていないことはない。


 募集要項に年齢制限があったわけでもないのに、問答無用で不合格は酷い。


 確かに唯一平服で武器も持ってないけど、運搬役の試験に必要なものじゃないだろう? 同じような格好の冒険者だっているんだし。


 ここで引くわけにはいかないのだ。


 ここで引いたらダンジョンとかいう危ない穴に単騎で特攻することになるのだから。


「あれ持ち上げればいいんじゃないんですか?」


「……おい。もう二回ズレろと言ったぞ」


 聞く耳を持たない。


 ギルドの職員さんの方を見れば、特に収めるような動きもなく……ということは、黙認される状況のようだ。


 どうしよう?


「おいカルゴ。いいから受けさせてやれって。問答してる方が時間食うぞ」


 お? 応援が来たぞ。


 同じパーティーの仲間っぽい帯剣しているロン毛の兄ちゃんが説明役の傷男を宥め始めた。


「うるせえ。今からブン殴って退かすから待ってろ」


「やめろやめろ、一応ギルドに場所借りてんだぞ? バーゼルさんの顔に泥塗ることになんだろ。おい、お前。名前は?」


「あ、レライトです」


「じゃあレライト。そこの籠を順番に持ち上げてくれ。全部持てたら合格な」


 はい? それは最初の説明と……。


 ニヤニヤと笑うロン毛は、どうやら応援じゃなくて加勢だったらしい。


 相手側の。


 落とす理由があったほうが問題になりにくいとでも思ったのか。


 ……いずれにせよ感じ悪いなぁ、こいつら。


 テッド達を拾うっていう理由が無かったら一緒に仕事したいとは思えないような奴らだ。


 今回限りな、ほんと。


「はーい。じゃあ持ち上げますねー?」


「おう。流れ途切れちまったからチャッチャッと頼むわ」


 そりゃ俺のせいじゃねぇだろ……!


 青筋を笑顔で隠して小さな籠の前に立つ。


 言い争いがあったせいか周りの冒険者の野次や冷やかしも止んでいる。


 その代わり注目度が二倍。


 ひとまず小さな籠を背負ってみる。


「はい立ってー」


 ……重っ?! 四、五十キロはありそうなんだけど? これ背負い籠に入ってたから良かったけど、持ち手とか無かったら持ち上がらないだろ!


 踏ん張りを利かせて立ち上がると、オーディエンスが軽くどよめいた。


「おーけー、じゃ次ー」


 肉体強化を二倍で発動する。


 小さな籠を降ろすと、今度は隣にある中ぐらいの籠の持ち手に腕を通す。


「はい立ってー……おお?」


 ……大体倍ぐらいの重さだろうか? 肉体強化は感覚が鋭くなるわけじゃないけど、掛かる重圧から大体の重さを割り出してみる。


 となると、大きな籠の重さは二百キロを越えているのだろう。


 ……持ち上がるか! 上げた二人は化け物だな?!


 再び起こったどよめきは先程より強め。


 そりゃそうだろう、むしろ小さな籠すら持ち上げられないとでも思われていたに違いない。


「次行っていいですか?」


 いつまで担いでりゃいいんだよ。


「あ……おう。次行ってくれ」


 説明役だった傷男の顔が益々顰められる。


 自分の見る目の無さが露呈したからだろう。


 まあ反則なん……いや小さな籠は上がったからやっぱり無ぇわ。


 この時点で俺を不合格にはしにくくなっただろうけど、念には念を入れておこう。


 途中で変な条件付けられたからなぁ、それを盾にされては堪らない。


 中ぐらいの籠を置いて、最後に大きな籠の持ち手に腕を通す。


 うわ?! お、重い?! これ三百キロはあるんじゃ? 少なくとも倍じゃあるまい。


 軽く力を入れてみるがビクともしなかった。


 肉体強化の二倍でもギリギリの重さである。


 さすがに三倍まで使用するのはどうかと思ったが、ロン毛の顔にニヤつきが戻っていたので覚悟を決めた。


「はい立ってー」


 仕方ない、三倍だ。


 肩に掛かる重圧はそのままに、負荷が段違いに軽減される。


 それでもまだ『重い』と思うのだから、相当なものだろう。


 軽い調子で立ち上がった。


「…………な?!」


 ロン毛の呟きは、三度起こったどよめき……というか歓声に掻き消された。


 大きな籠をゆっくりと降ろして持ち手から腕を抜く。


「じゃ、合格ですね」


「…………不合格だ」


 は?


「おいカルゴ!」


 さすがの宣言に周りの冒険者達もお互いの顔を見合わせるという状況に陥った。


 これで俺を落としたら、色々と失うものがあると思うのだが……。


 というか合格基準から何から疑われることは間違いない。


 なに考えてんの? マジで。


 ロン毛と傷男だけじゃなく、パーティーメンバーなのだろう五、六人が集まって話し始めた。


 置いてけぼりである。


 ……どうしたらいいんだ。


 合格を言い渡された人が集まる一角に行けばいいのか、はたまたこいつらブッ飛ばしてターニャにブッ飛ばされればいいのか。


 やがて結論が出たのか、ロン毛でも傷男でもない一人がやって来て手を振った。


「行け、合格だ。もう騒ぎを起こすなよ」


「……へーい」


 俺のせいじゃないと思うんだが……。


 ここで文句を言ってぶり返すのも嫌だったので、言われるがまま勝者の一角に足を向けた。


「……災難だったな」


「……まあ、そこそこには」


 迎えてくれたのは、大きな籠を持ち上げた二人のうちの一人だった。


 大柄で片眼に傷があるオジサンだ。


 柔和な雰囲気だが、あれを持ち上げたとなると相当な力持ちだ。


「お前、他の街の奴か? 勘弁してやってくれな。あいつらもう三年目で、新人と呼ばれる年齢じゃなくなってきたせいか、若手にビビってんだろうよ。まあライバル認定されたとでも思ってさ?」


「いやぁー……ありえませんよ」


「おっと、お冠か? それとも眼中にないってやつか?」


 いや冒険者をやる気がないって意味で。


 そもそもライバルになりえないっつーんだよ。


 この後の試験を思うと、なんとも頭の痛くなる出来事であった。


 もう余計なことしないで欲しい。


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