第114話


 発行されたばかりの冒険者証に目を落とす。


 これが異世界のオーバーテクノロジーと名高いギルドカード……!


 その実は本人証明証ってだけなんだけど。


 ……あ〜あ、なってしまったか、遂に。


 冒険者に。


 ざわめきが収まらないにある冒険者ギルドの訓練場の隅で、貰ったばかりのギルドカードを弄っている。


 このギルドカードを持つことで、凄い現象が起こる……ということは特に無いらしい。


 スキルとかレベルとか表示されない。


 使える魔法についてもそうだ。


 じゃあなんのためにあるのか?


 ただのドッグタグである。


 これを本人が触って許可を出すと、文字や印が浮かび上がるという。


 なんとも不思議なカードとなっている。


 浮かび上がる文字や印は本人が決めた物を、冒険者ギルドに提出して刻まれるという仕組みで、これにより二重の本人確認が出来るそうだ。


 いつだったか来た偽冒険者達は、一人だけ本物だったためにこれをパスしたのだろう。


 元々依頼を受けた際に、ギルドは依頼主にリーダーのものだけを公開して本人確認とするらしく、用心深い冒険者や依頼主などは依頼ごとに文字や印を変えることもあるとか。


 ……すげぇ面倒。


 それでも最初から元々賊だという奴が冒険者になっては意味が無いのだが……そこはやはり登録の際に身元確認などがあった。


 開拓村の何々の息子の何々、みたいなやつだ。


 おかげさまで運転免許みたいな効果もあるらしく、これである程度の街や村には入りやすくなると言われた。


 やっぱり入れない地域もあるそうだが。


 木製で名刺サイズ、印を刻むの加工にお金が掛かるとのことで、登録料は銀板二枚。


 しかし本人以外に取っては価値の無いものなので、持っていく輩も少なく、まさにドッグタグとして優秀。


 再発行に銀板が三枚掛かるというお値打ち品ボッタクリ商品


 ターニャに借金が増えていきます。


 身元確認用の書類や、その後の手続き、登録料、全て幼馴染が解決してくれた。


 おかげで作戦は上手く行きそうである。


 …………不本意ながら。


 ちなみに俺のカードに浮かび上がる文字は『に、肉ぅ』である。


 勿論、こっちの世界の文字で書かれている。


 チョロっと洒落っ気を出して日本語とか某有名ロゴマークとか入れようかな? なんて思ったけれど、明らかな前世バレフラグなので、大抵は好物を書くと言われて従った結果だ。


 確認したターニャのジト目は、いつもの二倍のジトさを誇っていた。


 全く同じ文字やマークに出来ないと言うので『肉』という文字に足しただけなのに……。


 ペラペラの木片をプラプラとさせながらギルドの訓練場で主賓の登場を待っている。


 ……これだけで銀板二枚…………二枚かぁ………………二枚……。


 実は冒険者証を持っている村人というのは多くいるとターニャに聞いた。


 しかし村にいる以上使うことがないので、見せびらかすようなことも無いと言う。


 ……というか、本音の部分は違うと思う。


 それ以上に虚しくなるんだろう…………一回しか使わなかった高額家電を見るような感じで。


 俺にとってもそうである。


「……これが終わったら、俺……村に帰って幼馴染(男子)をブチのめすんだぁ……へへへ」


 不気味な笑い声を上げる俺を、近くに屯っていた若い冒険者パーティーが不審そうに見つめてくる。


 え? なに? やるの? やるか? ブチのめした後、財布を貰っていいのがダンジョン都市のルールだっけ? あ?


「おい、見んな……」


「ああ、たぶん薬ヤッてんな」


 おい待て、寂しいだろ?


 一途に見つめてやったというのに、露骨に目を逸らされてしまった。


 訓練場には所狭しと冒険者が詰め掛けている。


 ザッと二百人は下らないだろうか?


 ただしターニャさんの姿は無い。


 まあ、ターニャは冒険者になってないし。


 役割分担というやつだ。


 は俺になった。


 適材適所だと思う。


 ターニャが言うには、十階層の小部屋は魔物の居る大部屋の奥にあるらしく、テッド達を救出するためには階層を攻略しなければいけないそうだ


 正確には、魔物が足止めされている間に奥の小部屋にすり抜けるために――


「集まったか! 静かに! 静かにしてくれ! 今から運搬役の適性試験を始める! 静かにしろ!!」


 ――この試験に受かる必要がある、と。


 ダンジョンには、攻略したからといって、その階層へと転送されるような機能は無いという。


 ……不便な。


 そのため、ある程度の物資は必要で、取り分け『安全地帯』を基地化してしまうのが最も手っ取り早い攻略手法なのだそうだ。


 しかしそれも浅い階層に限るだろう。


 誰が好き好んでダンジョンの底の底まで行きたいというのか。


 そのため、下層部の基地化はダンジョン攻略直前に行われることが多い。


 基地化というより補給線だな。


 今回、バーゼルという冒険者のパーティーがダンジョンの完全攻略をするというので、その運搬役が募集されることになった。


 テッド達が買い込んだ食糧は一週間分で、食いつなげれば二週間は持つだろう。


 チャノスが水を出せるので、リミットは行方不明から数えて三週間。


 今日はその四日目に当たる。


 これから運搬役を決めて、パーティーの訓練を行い、休息を経てダンジョンに潜り、大体一日で二階層を突破するだろう、というのがターニャの目算。


 ……余裕で間に合っちゃうよ。


 というわけで、俺の任務は運搬役に受かり最下層の担当になることだ。


 盛り上がっている周りには悪いんだけど……文句はドーピング検査を導入しない運営にしてほしい。


 さあ! 借金返済のため! 違った! 幼馴染達の窮地を救うため、一肌脱ごうじゃあないか!


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