第113話
「……アン達がダンジョンに入っていったのを、見たって人がいた」
ターニャは、やって来た糖蜜パイとやらをナイフで切り分けながら、そう話し始めた。
……めっちゃ甘ったるそう。
少なくとも俺が全部食べるのは無理。
「確定?」
「……確定」
情報の裏付けを取る前なのにそう言うってことは、ターニャにはなんらかの確信があるのだろう。
この酒場に来たことといい、もしかしたら今がその裏付けなのかもしれない。
「……問題が二つ」
そこは一個にしとこうや……。
うんざりしながら、ターニャが切り出してくれたパイを寄越そうとしてくるので首を振った。
もっと小さいので、いやいや! 半分は無理よ。
「……ダンジョンに入った後の……アン達の情報が途絶えてる。少なくとも三日前から、ダンジョン都市での目撃情報は無い」
これはまあ……うん。
そもそもそれが無いから、ターニャはわざわざ第一区画まで来たわけで……決してパイに釣られたわけではあるまい。
……………………俺は信じてる。
それで? あと一つは?
パイを更に四分の一にしながらターニャが続ける。
「……あと三日前から新人冒険者パーティーが、ダンジョン内の罠に掛かって行方不明」
「…………めっちゃめんどくさいなぁ」
「……ね」
ケニアにはチャノスが星になったということで諦めて貰えないだろうか?
聞きたくなかった情報だ。
ノルマとばかりに四分の一になったパイが俺の前にやって来る。
「……バカ二人はともかく、アンには助かっててほしい……」
身も蓋もないな!
「同感だけど」
ターニャはパイを食べながら、考えを纏めるように切り出した。
「……行方不明になった冒険者パーティーは三人組で、うち一人が青髪。でも女性が主力に見えるパーティーだって」
「もうテッド達じゃん」
ほぼほぼ確定じゃん。
「……偶然の一致という可能性もある」
「テッド達がダンジョン都市から消えたのと、その冒険者パーティーとやらが行方不明になった時期は?」
「……重なる」
ほぼほぼ確定じゃん……。
パイを一目見て、食べようか食べるまいか手の中で遊ばせながら、最も重要だと思われる情報を訊いた。
「……生きてんの?」
「……たぶん」
長年連れ添ってきた幼馴染達が、魔物が魍魎跋扈するダンジョンの中で行方不明というのだから、まず気になって然りだろう。
しかしなんだろう……? こう……心配とは別の感情もあるわけで……。
「根拠は?」
「……掛かった罠が非致死性のものだから」
……あいつらって本当に厄介事が好きだな? なんでわざわざダンジョンまで出向いて罠に掛かるのか。
俺には理解出来ないよ。
「……レン、聞いてる?」
「不本意ながら」
ブスッとしながら、話のオチが読めた俺は甘ったるいパイの攻略に掛かった。
「甘い」
「……蜜だから」
いやテッド達の話だ、パイもだけど?!
「……踏むと、何処か別の場所に一瞬で移動するって罠があるらしい」
……それ知ってる。
いや、全滅系の罠なんだが? モンスターに強制的に囲まれちゃう系の罠なんだが?!
「……この罠の良いところは、移動するのが安全な場所だということ」
「それが無事かもしれない根拠?」
「……うん」
パイの四分の一を食べ終えたターニャが、更に半分の山へと平気そうな顔で取り掛かる。
「……ダンジョンについて調べた。このダンジョンは、全十階層に分かれた、比較的浅めのダンジョン。各階層には目的不明の小部屋があって、そこには何故か魔物が入って来れないから、『安全地帯』って呼ばれてる。強制的に移動させる罠は、階層を跨ぐけど、基本的にはここに飛ばされるもの、なんだって」
なんて在り来たりな……いや、デストラップじゃなくて良かったけど。
「よく分かったね?」
どっから仕入れてくるの? そういう情報。
「……このダンジョンの攻略は百五十年前に一度、当時の領主によって成されてるから」
「領主様な?! 領主様!」
「……それ」
やめて?! そういうの心の中だけにして! ほらぁ、残りのパイ上げるから!
「昔の領主様って冒険者だったの?」
「……違うけど。でもダンジョンの攻略に、騎士団を派遣して、成し遂げた」
あ、なるほど……人海戦術か。
…………あれ?
「じゃあダンジョンって無くなるんじゃ……」
「……なんで無くなるの?」
「え? ほら……」
最下層にコアがあったり、またはダンジョンボス的なのを倒したら……。
「ダンジョンの心臓部を……こう」
「……心臓部って何? 真ん中の階層?」
「いや、一番下で見つかる……宝玉のような」
「……初耳。宝玉、心臓……。ダンジョンを生き物みたいに言うんだね、レンは。でも……わざわざ心臓を露出させるのは、なんで?」
最もだ。
「……体内、だから?」
「……わたしなら隠す」
俺もそうする。
「え、じゃあもしかして最下層にボス的な魔物が居たりもしない?」
「……それはいる。……やっぱり、レンは知識が偏り過ぎてる」
「そいつ倒したら、ダンジョンが無くなったりは……」
「しない。……いつかは枯れると思うけど、最下層の魔物を倒したらダンジョンが無くなるなんて……聞いたことない」
マジで? あ、そう……。
ダンジョンを炭鉱みたいに言うんだな、ターニャは。
枯れるって。
いや、もしかしたらそういう位置付けなのかな? この世界のダンジョンっていうのは。
チャノスの言う、宝箱を落とす魔物ってのも、もしかしたら金鉱的な意味合いだったり?
「まあいいよ、どうでも。それで? あれでしょ? 俺がお迎えに行くって流れなんでしょ?」
ターニャが話す流れからして分かっていた。
テッド達が飛ばされたのは、おそらくは分不相応な階層なんだろう。
で、戻ってこれないでいると。
「……うん」
うんて。
せめてもうちょっと溜めて欲しいって思うのは贅沢なんだろうか……。
しかし残り糖蜜パイに齧りつこうとする俺に対して、ターニャはまだ話し続けた。
「……レン。問題の一つ目は、一から九までの階層の小部屋に、アンがいなかったこと」
勢い余って一口にしたパイが、俺の口を塞いだ。
モゴモゴしながら、ジト目の幼馴染を見つめる。
言いたいことが、たくさんある。
「……二つ目。最下層の魔物がいる大部屋では……魔法が使えないこと」
クソ雑魚ナメクジの爆誕である。
平気そうな顔でパイを食べ続ける幼馴染に、飲み干して一言。
「苦い」
「それは無い」
ターニャ……。
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