第112話


 冒険者ギルドの近くにあるオススメの食事処へとやって来た。


「ターニャ……俺、いつか言おうと思ってたんだけど…………君は、ちょっと食べる量がですね?」


「……情報収集。食べない」


 あ、そうなの?


 昼ご飯を食べたばかりなのに人気の食事処に入っちゃう幼馴染の将来を心配しなくてもいいということだね? 胃袋おかしんじゃないって思わなくてもいいってことだね?


「……レンはわたしがいくつだと思ってる?」


「十一」


 うん? 年齢が関係ある話だっけ?


 首を傾げる俺に久しぶりのジト目刑が執行される。


 地味に精神を削られるこの睨めっこ、無敗を誇る王者の前では為す術がない。


 な、なんだ? なに怒ってんだ? 俺が何したってんだ?!


 しかしお店の前ということもあり、早々に切り上げられて許されて命拾い。


 相変わらずの理不尽さに、ターニャが背を向けると同時に首を振った。


 せめてもの抵抗である、小市民はこうやってプライドを保つ。


 しかし前を行くターニャが扉の前で振り返ってボソリ、ドキリ。


「……入ろ」


「お供します姫!」


 バレてないよね?


 そそくさと前に出ると、観音開きの扉を押さえてターニャに道を譲った。


「どうぞ」


 促されるまま入店するターニャが、やはりジト目のまま告げてくる。


「……もう裸で魚を追い掛ける年齢じゃないから」


「心得ております、レディ」


 それたぶん年齢関係ないな。


 生まれ持った野性をバックにジト目の女王がオススメだと言うに足を踏み入れる。


 きっと目的はお酒だな。


 店内は丸テーブルが等間隔に並べられたウエスタンスタイル。


 バーカウンターでコップを磨く店員までいる。


 昼もピークを過ぎて下り坂だというのに、客入りは八割を越える。


 どうやらぞくぞくと人が集まっているという話は本当らしい。


 ターニャと二人で席に着くが……これじゃあ本当に食事に来たみたいなんだけど?


 ちなみにこっちの世界では、店員さんが現れて「何名様でしょうか?」なんて訊いてくることはない。


 空いてるところに行って、暇そうな店員を呼び止めるか自分で注文を届けるというセルフ形式だ。


 まあ、昨日知ったんだけどね。


 村だけじゃなかったんだなぁ。


「……糖蜜パイにする」


「ターニャ?」


 胃袋おかしんじゃない?


 さっさと注文を決めてカウンターに歩いていくターニャを、どうしたものかと見送る。


 情報収集はどうした?


 酒場と言えば情報収集、こっちの世界でもそう思われているのは、やはり酔うと口元が滑りやすくなるからだろう。


 だとしたら時間帯をハズしているが。


 人の壁に遮られて見えなくなった幼馴染がちょっと心配である。


 目的を見失っていないだろうか?


 しょうがない、ここは俺だけでも……!


「すいませーん、注文いいですか?」


「はーい」


 如何にも『面倒だなぁ』とお盆をぶらさげながら歩くウエイトレスさんを手を上げて呼び込む。


「なにー? 注文?」


 それ以外あるの?


 呆気に取られるような態度だが、こっちじゃこれが普通。


 むしろ急がしいのに呼び止めると怒られるまである。


「えと、あー……糖蜜パイ? 一切れ……」


 呼んだはいいものの注文なんて決まっていなかったので、咄嗟にターニャが頼もうとしていた品が口を衝いて出る。


「うち、一枚からしかやってないよ?」


 うぐっ?! 出費が……。


「じゃ、一枚……」


「まいだーり」


 まさにハニー、違う、言ってる場合じゃねえ。


 出費を無駄にしないためにもと、オーダーを書き込むお姉さんにテッド達のことを訊ねる。


「あの、新人冒険者について聞きたいんですけど……」


「ん? なに?」


「男二人女一人の三人組で、男の一人の髪色が青いんですけど、そんなパーティーって見掛けてませんか?」


「……う〜ん、新人ってだけでも二、三十組は来るからねぇ。でも三人かー。たぶん見てないかなー」


「? なんで三人だと見てないって分かるんですか?」


「そりゃ珍しいもん。手慣れてきた冒険者とか熟練で強い冒険者だったら、そんな少数精鋭もあるんだろうけど……新人でしょ? そんなに少なかったら逆に覚えてると思うよー、たぶんね」


「……あれ? それぐらいのパーティーって結構いたような……」


 昨日冒険者ギルドの中を覗いた時には、それぐらいの人数のパーティーだってそこそこいたような……。


「君ぐらいの年齢も?」


「あ、いや……そう言われると……」


 確かに、思い出せる範囲ではいない。


 テッド達かどうか、明らかに違うと判断出来るパーティーばかりだった気がする。


 昨日ギルドで見た冒険者を思い出していると、書き込みを終えたお姉さんが情報を付け足してくれた。


「基本的に最小で七人からってとこかな? パーティー組むの。外の冒険者活動とダンジョン潜るのって違うからさー? 微妙に足りないメンバーは、『土竜』で補うの。ほら、壁際に並んでた冒険者いたでしょ? あれ。三人はナメ過ぎでしょー? いやでも目立つよ。しかも若いと尚更。周りに止められたりするんじゃない?」


 ……そういえば後ろに並んでいた冒険者に声を掛けられたような気がする。


「たまーに二、三人で挑む成り立てがいるけど……大抵が尻尾巻いて逃げ帰って来ては冒険者辞めたり、そのままダンジョンにたりするんだけどー。もしかして知り合い?」


「え、ええ、まあ。同郷です……」


「あ、そっちのパターンかー。てっきりかなーって。珍しいねー? 後追いで冒険者になったの?」


「いや、俺は冒険者じゃないです」


「そうなの? ……あー、もっとゆっくりお喋りしてたいんだけどー、あんまりサボると給料減っちゃうんだー。……君が補填してくれるっていうんなら」


「お仕事頑張ってください!」


「はやー。じゃあパイ持ってくるかー。待っててー」


 ヒラヒラとやる気なさげに手を振ってカウンターへと消えていくお姉さん。


 入れ換わるようにターニャが戻ってきたが、手には何も持っていなかった。


「あれ? パイは?」


「……レンが頼んでるだろうと思って」


 …………なんてこったい。


 いいように俺を転がす幼馴染が澄ました顔で席に着く。


 いつからがこいつの計算通りなのだろう?


 席を離れた時からか、糖蜜パイと声を上げた時からか、もしくは――――怒ったフリで店に入った時からか。


 してやられたよ、ターニャちゃん。


「……一枚は一人じゃ食べ切れないね」


「そうだね? おっけー、わかった、分けましょう? でも働かざる者食うべからずって言葉があってだね?」


「初めて聞いた」


「初めて言ったからな。つまり食べたいのなら、せめてパイを得るぐらいの情報収集を……」


「してきた」


 抜けが無ぇ?!


「え? こ、この短時間で? そんなこと可能なの? ぶっちゃけ魚料理の方が高いとかいう情報じゃないよね?」


「……うん。ちゃんと、テッド達に関する話」


 優秀が過ぎる?!


 俺がお金を払っても得られなかった情報を、サラッと拾ってくるターニャに愕然とした。


 どんな情報かってことより、どうやってかってことの方が知りたいまであるよ。


 少々落ち込む俺に対して、ターニャがジト目で告げてくる。


「レン」


「なに?」


「ちょっと面倒なことになった」


 ――――これ以上?


 そりゃもう管轄外だよ……テトラ呼んできて解決して貰おうよ。


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