第109話


 宿屋に戻ってベッドの上で布団に包まり震えているとターニャが戻ってきた。


「……ただいま」


 だからもっと震えた。


「……ただいま」


「あ、おかえり。どしたのターニャ? 角材なんて引っ張り出しちゃって……」


 不良少年達に絡まれでもしたのかな? だとしたら可哀想にね…………そいつら。


 ターニャが角材を出したところで布団を跳ね除けた。


 これが勇気である。


「食事にする? ご飯にする? それともディナー?」


 精一杯のゴマすりが、今日の平和を生むのだ。


 ジト目で見つめられること数分、そろそろ揉み手から火が生まれそうな頃合いで、ターニャは角材を直してくれた。


「……情報の擦り合わせ」


「あ、ああ、うん。擦り合わせね、擦り合わせ。しようしよう」


 やべ。


 ターニャがもう一つの冒険者ギルドで集めた、新人冒険者パーティーの情報や馬車の管理録などの情報を話せば、俺が第一区画にあるお勧め食事処や、最近ダンジョン都市で流行りつつあるアクセサリーなどの情報で返す。


「レン?」


「あ、今から土下座も披露するんで」


 目を開くのはやめてくれるかな? いつものジト目がいいよジト目好きだよジト目最高だよターニャ。


 ベッドで向かい合わせながら行っていた情報交換の場が、ベッドと床という謝辞断罪の場へと移行した。


 とりあえず情報を集められなかった理由を不良少年達のせいにしながら説明。


「……なにやってるの」


「不可抗力なんだ。いやむしろ抵抗したからそうなったんだけど」


 ターニャに対する注意も含めて第一区画のあらましを話した。


「……あの女の冒険者?」


「その女の冒険者」


 とりわけターニャの興味を引いたのは、トラブル自体ではなく、その後のやりとりの方だった。


 ……あれ? レライト君の心配とかは? ヤンキー集団に絡まれたんだよ? あれ?


 首を捻る俺に対してターニャが首を振る。


「……関わらない方がいい」


「いやそれに関しては全く同感」


 考えるまでもなくヤバい奴なので。


 宣誓するように手を上げる俺にターニャが頷いて告げる。


「……明日は、取捨選択と尖鋭化に努めよう」


「あー……うん、そうだな」


 取捨選択しか分からないけど、これ以上怒らせたくないので雰囲気で頷き返した。


「……早い方がいい。この街の雰囲気、ちょっと変」


「そう?」


「妙な浮つきがある。人も集まって来てる感じで……」


 ジト目ながら虚空を見つめるターニャは、いつもの考えるポーズでストップした。


 そもそもが初めての街だし、そこまで変な風にも思えない俺としては、考え過ぎを推したい。


 それに本当に変だったとしても、俺達には関係がないことだろう。


 求めているのは『人』なのだし、『街』に何が起ころうと……冷たいようだが街の誰かが解決することだ。


「じゃ、とりあえずご飯にしようか? 案外食堂でバッタリ会って諸々解決ってパターンもあるかもしれないし」


「……そんなのありえない」


 いや意外と多いよ? そういうパターン。









 食堂や廊下でテッド達とバッタリ出くわすということもなく、次の日を迎えた。


 地の利もあるので、昨日と同じ区画を同じように探索することになった。


 さすがに二度も許してくれるほど甘い女の子じゃないので、今日は真面目にテッド達を探す。


 正直、初日はちょっと投げやりになっていた。


 というのも、目論見が外れて独力でテッド達を探すことになったからだ。


 広過ぎるんだよなぁ……街って。


 ちょっとした都市部で、たった一人を探せと言われても、どこから手をつけていいのやら……。


 連絡手段も無ければ手掛かりも無い、知り合いも無ければ地の理も無いのだ。


 めっちゃ面倒やん、それだけでチャノスに与えられるダメージが二倍になってしまう。


 最悪、冒険者ギルドで聞けばなんとかなると思っていただけに、徒労感が大きかったのだ。


 しかしそうも言ってられないとなれば気合いも入る。


 もうなんか早く村に帰りたいまであるし。


「おっちゃん、三人組の新人冒険者パーティー知らない?」


「あー? うーん……そこの商品買ったら思い出すかもなぁ」


 とりあえず、日がな一日通りを見つめている露店商に聞き込みを行った。


 どの店主も似たりよったりなことばかり言う。


 破産するわ。


 情報の確度も高く無さそうなので商品を購入したりはしなかったが、これじゃ冒険者ギルドの入口を見つめていた方が有意義だったかもしれない。


 適当に昼を食べようと、監視の意味も含めてギルドの周辺の安い店を漁っていると、路地裏で屯する少年達と目が合った。


「あ」


「ひ」


 顔を強張らせて即座に逃げ出す少年達。


 それを咄嗟に追い掛けた。


 いや……なんか逃げるから。


「撒け撒け撒け撒け! 散るぞ!」


「待っ、俺は、足が?!」


「いけいけいけいけ?!」


 大混乱だ。


 そんなつもりは無かったのだが、一人足を引き摺って走る奴に追い付いてしまった。


 思わず肩をポン。


「なあ?」


「ぃい?! 待って! すんっせん! ちが、俺、ちが?!」


 即座に振り向いて手と首を連動させてバタバタと振る少年。


 ……なんだか本当に悪いことしているみたいだ。


 あれ? 被害者ですよ、俺?


 目尻に涙まで浮かべて震え始める少年は、ジリジリと首を振りながら後ろに下がり、壁に背が付くと顔色を青く変化させた。


「いやお前、そこまでじゃねえだろ?」


 傷付くわ……。


「あの、お、お金ですか?」


「いや待て。マジで違う。財布出すな。バカか? あ? ナメてんのか?」


「ぃあ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」


 いや謝るのはお前…………いや間違ってないな?


 しかしひたすら頭を下げる少年に微妙な気持ちになる。


 そもそももう怒ってないのだが……。


「別にもういい……あ、待った」


「はい! な……なんですか?」


 必要以上にビビられているように感じるが、その方が都合がいいだろう。


「ちょっと教えて欲しいことあんだけど?」


 まさか嘘を吐かれることも無さそうだし。


 やっぱり昨日の行動は間違ってなかったよ。


 街に詳しいであろう情報源が手に入ったんだから。


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