第108話
路地裏に折り重なるようにして呻き声を上げる子供達。
なんか罪悪感。
「やめ……! ぐは?!」
よっこいせ。
しかし道端に広がるように寝転がられても通行の妨げになるので、心を鬼にして子供タワーを積み上げた。
一番下が潰れないようにという配慮の元、大体三列。
投げ上げた鼻血ガキが何か言っていたように聞こえたが…………。
空耳だろう、歳って怖いね。
とっても
そのうち
俺だってツラい。
「ところでお前らみたいに生意気な成人仕立ての新人冒険者って知らない? 一人だけ髪色が青い三人組で、女の子が可愛い」
しゃがみ込んで、抜け出そうと藻掻く押し潰されている子供の襟を掴む。
「うぅ……」
「
まるで俺が悪いことしているみたいじゃないか? 心外だ。
欠損も無ければ気絶すらしていない。
我ながら平和的な解決が出来たと思う。
全然やましいことじゃないんだが、手早く済ませたい。
ほら、あれだ、時間が押してるから……。
気持ちが態度に現れたのか子供の襟をガクガク揺らしていると、プルプルと震える指を持ち上げて俺の後ろの方を指すではないか。
まさか……幼馴染の危機に駆け付けてくれたとか、そういうありがちな友情パターンではあるまいか?!
指差された先を振り返ると、テッドではなく黒髪ポニテのお姉さんがいた。
どこかで見覚えるのある顔だな……それもつい最近…………。
道の角から体を出して覗いているお姉さんは、どこか微妙そうな表情でこちらを見ていた。
咄嗟に手を解いて立ち上がる。
「助けてください!」
「……こいつらを?」
何を見てたの? 被害者はどう見ても……。
振り返れば無惨な犠牲者タワー。
「…………一体、誰がこんなことを……」
「割と最初から見てたから」
「あ、そうなんですか? なら良かった」
俺の正当性を証明しなくてもいいってことだよね?
「ハァ……大した肝っ玉ね、あんた」
「自分、被害者なので」
そういうマインドだから、別に度胸があるわけじゃない。
何か悩むような表情でタワーと俺とを見比べるお姉さん。
褐色の肌に黒髪黒目、整った顔の造りからスタイルは良さそうなのだがローブに隠れていて判然としない。
しかし唯一冒険者っぽいと言っていい無骨な大剣を背負っている。
年齢は少し上といったところか、高校生か大学生ぐらいに感じる。
冒険者ギルドで喚き散らしていた女だ。
観察するように眺めていると、不意に目が合った。
「あんた、歳は?」
ナンパかな?
「四十越えてから数えていません」
「ふざけてんの?」
いつになく真面目に真実を話したというのに。
しかしお姉さんが冷えた目で拳を握り始めたことで、知りたいであろう情報の開示を決めた。
「十一です!」
「……ふーん? まあ同じくらいか」
お姉さんの視線は折り重なって寝ている子供達に向いていたので、あいつらと、って意味だろう。
「身のこなしはそこそこ、でも動きも術も洗練されてないし……センスだけってとこね。何より体がついていってないもの。そんな大した怪我負わせたわけでもないのに、拳、腫れてるし」
ブツブツと呟くお姉さん。
何この人、怖い。
「これで戦闘訓練でも積んで…………五年ぐらいしたら引っ掛からないことも……あー、ヤメヤメ。ねえ、あんた」
「はい!」
「なんか徒党組んでる奴らってムカつくから、助けてあげようかなって思って付いてきたんだけど……必要なかったみたいね」
「助けてください(命乞い)!」
「……いやもう終わってるじゃん。あんた、全然弱そうだし、誘い込まれてるのにも気付いてないし、動きも素人っぽかったのに……こいつらが弱くてラッキーね?」
「はい! ありがとうございます!」
「……バカにしてる?」
ちょっと。
再び握られた拳の圧力が基準点を越えているように見えたので、必死に首を横に振った。
「…………まあいいわ。あのさ? 私って強い奴を探してんのよね。誰か知らない? この都市の奴じゃなくてもいいんだけど。あんたの村とかにいない?」
「うちは田舎村なので、どいつもこいつも農業者ですよ? 冒険者に成りたがってた奴らが街に行って出戻りするぐらい普通です」
歴戦の傭兵神父とか魔法使い爺とか精霊の愛し子とかいるけれど、なんか面倒になりそうなので無難な返事をしておいた。
「……本当?」
「はい。この街で一番なら、やっぱりバーゼルさんじゃないですかね? もうバーゼルさん一強ですよ」
知らんけど。
真偽を問うてくるお姉さんの瞳の冷たさに、咄嗟に話を逸らす方向に動いてしまった。
……もしかしたら不良に絡まれているより、ピンチな状況なのかもしれない。
「…………そう。やっぱバーゼルか〜」
フッと目を逸らして嘆息を吐くお姉さん。
上手く行ってないと全身で表している。
先程も観察していたが、お姉さんに戦闘した気配は見られなかった。
つまりあの後、乱闘騒ぎにまでは至らなかったということだ。
もしくは完勝したか。
どちらにせよヤバい臭いがプンプンする。
……ここにはテッド達を探しに来ただけなのだ、深入りとか勘弁してほしい。
逃げの一手だろう。
「あの……自分、そろそろ……」
「んー?」
「ほら! こいつらの仲間とか来たら……自分弱いんで……手も痛いし」
脇を通り抜けさせて貰おうとペコペコと下手に出る。
弱いというのも強調しておいた。
興味無さそうな視線で一瞥をくれるお姉さん。
「……そうね。あんたはそうよね。別に引き止めたりしないわよ。早く行けば?」
「失礼します!」
「んー」
もはや興味無いと言わんばかりに表情を消すお姉さんの横を、ドキドキしながら通り抜ける。
「……そういえば、なんで強い奴を探してるんですか?」
道が開けたことに油断したのか、もう会うことも無さそうだからと、つい聞いてしまった。
収獲云々という言葉をギルドで言っていたなと思い出したのだ。
強い仲間が欲しいからとか?
冒険者っぽいし、それはありがちなことに思えた。
「大した理由じゃないわよ」
あー、やっぱり……。
「ただちょっと、私と殺し合って欲しいだけ」
ヤバい奴だ。
別に会話を求めているわけじゃないのか、振り返ることのないお姉さんから、気付かれることのないように足音を殺して、逃げるようにその場を後にした。
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