隠れ転生

第107話

　この街を地図として見たとき。

　ダンジョンの入口を内包する冒険者ギルドの周りを、もし名付けるとしたなら『第一区画』と呼ぶだろう。

　つまりダンジョン都市とするに当たって最初に作られた区画ということだ。

　ここがどれだけ急増で作られたのかは、道や建物を見ていれば分かる。

　第二、第三の区画が整然とした道周りなのに対して、ここだけジグザグなだけじゃなく、行き止まりや先細りの道が多い。

　最初の街壁に至っては、門が一つしかなく、往来の便利さよりも囲うことに重きを置いているように見えた。

　ダンジョンがどういうものなのかを詳しく知らないので、魔物が溢れることを警戒してなのか、それとも他に理由があるのかは分からない。

　しかしだからこそ、閉鎖的な空間が生まれている。

　……それこそ不良高校のような。

　しっかりとルールはあるが、ツッパることは止めない、そんな空気。

　建物も空き家が多いのは、無計画な移動や増改築のせいだろう。

　土壁で囲っただけの家の上に、また家が建てられるという乱改築ぶり。

　上の家への移動手段は梯子を掛けて登るというものだ。

　立体的にも迷路みたいな区画で、確かな目印となるのは真ん中に位置する冒険者ギルドと街壁ぐらいだろう。

　――と、考えるのは……どうやら街初心者のようで……。

　一度周囲も含めて確認していこうとウロチョロし始めたのが間違いの始まり。

　感じの悪いガキ共と目を合わせないようにしながら、ギルド周りの建物やお店を見学した。

　巡回する兵士がいるように、お店をやっているところもあれば、寝床として使っている家もあった。

　当たり前だが生活が根付いている。

　そんなところで喧嘩を吹っ掛けるほどバカでもないとは思うのだが……正直、ヤンキーって苦手なんですよ。

　波風を立てなければ、そのうちあっちも諦めてくれるだろうと第一区画の見学を続けた。

　しかしあからさまな尾行に辟易していたことから、どうにか撒けないものかと外へ外へと足を伸ばしているうちに……。

　袋小路に入ってしまった。

　行き止まりは警戒していたので、最悪街壁沿いに門まで行けば、第二区画へ逃げ込めるという算段だったのだが……悪改築は想像の上を行った。

　街壁沿いの道くらい綺麗にしておいてくださいよ……。

「おう、田舎者。お前どこ村出身だよ？」

　まさかのカツアゲである。

　いや、まさかじゃないよなぁ……。

　見え見えの尾行と、これでもかというガンづけ、余所者を嫌う風潮に、先生（兵士）から隠れるようにして行う悪行。

　いつから転生物だと勘違いしていた？

　これ学園物やで……正味な話。

　露店を冷やかしながら脇道を曲がること十回以上。

　左手に街壁のある行き止まりに迷い込んでしまった。

　地の利は向こうにあるので、ここぞとばかりに人数を増やして退路を塞いで来やがった。

　何人かはターニャ棒（角材）装備で、これ見よがしの圧を放っている。

　どいつもこいつも茶髪に茶目という、俺と同じような無個性村人の癖して、マウントを取らんばかりの呼び掛け。

　……なんという格付けチックなヤンキー達だろうか。

　どいつもこいつも中学生ぐらいの様相がまた……。

　おじさんには堪える。

　オヤジ狩りじゃん……。

「お前さぁ…………お金持ってる？」

　しかも在り来たりな台詞過ぎて、ちょっと感動しちゃう。

　十余人ぐらいの集団から一人が抜け出してきた。

　恐らくはリーダーなのだろう糸目は、自分には必要ないとばかりに無手だ。

　いや、警戒をさせないためなのかもしれない。

　自分では優しいと思っていそうな笑顔でスタスタと近付いてくる。

　周りにいる取り巻きのニタニタ笑いから何が起こるのか予想出来てしまう時点で意味ないけど。

「いや、俺が欲しいわけじゃないんだよ？　でも、ほら？　こいつらを納得させるためにも、いくらかいるわけよ。わかるだろ？　とりあえず今どれだけ持ってるか教えてよ。もしくは――」

　間合いに入った時点で身体能力強化の魔法を二倍で使用した。

「――全部置いてけ」

　言葉尻と共に、予想通りの前蹴りが飛んできた。

　テッド達との訓練で鍛えられた反射神経が、二倍の威力を持って発揮される。

　足を流すようにして半身で前へ、ついでに顔面に向けて拳を放つ。

　身体能力強化は反動があるため手加減が重要だ。

　鈍い音と共に、拳が鼻を潰した感触を伝えてくる。

　おっけー、鼻で済んだ、拳は無事だ。

　しかし自分へのダメージを気にしていたせいか、意味のない声を出して仰け反った相手を無意識に蹴り飛ばしてしまう。

　あ。

　……いや、正面にいると邪魔だなって。

　呆気に取られたのはニヤニヤしていた傍観者達だろう。

　ちょっとスッキリ。

　これで恐れを為して逃げてくれれば万々歳である。

　「覚えてろよ？！」とか言ってくれれば完璧である。

「ああ？！」

「っだ！　コラ？！　あ？　やんぞっ、らあ？！」

「あ、マジねぇわ。こいつコロそ」

「ヒュー、頑張ってるぅ」

　しかし集団という余裕を持った彼らが俺を逃がしてくれるわけがなく……。

　肩に乗せて寝かせていた角材を、正眼に構えるなり両手で持つなりする若人達。

　これが前世なら警察案件か全力ダッシュのどっちかだったろう。

　なんやかんやで不本意ながらも荒事に慣れつつある自分がいる。

　異世界って怖い。