第105話
「もう少しで俺の交渉術が火を吹いたんだけど……残念だ」
「……そう」
最近幼馴染が冷たくて……難しいお年頃なんでしょうか? ペンネーム、異世界では名探偵さん。
「バーゼル! いないの? バぁあああゼルっ!」
うるせえな。
冒険者ギルドの真ん中で叫んでいるのは、背の高い女だった。
ローブから出ている顔は日に焼けていて黒く、腰まで届く長い黒髪をポニーテールにしている。
吊り上がった意志の強そうな瞳には、どこか冷たさも秘めていて、見ていると寒気を覚えた。
ご立派な大剣を背にしたところを見るに、こいつも冒険者なのだろう。
「なんだ、あいつ?」
どこからか聞こえてきた声が、その場にいた者の心の声を代弁してくれる。
「ターニャ」
「うん」
とりあえず無関係な俺達は、アイコンタクトを交わして冒険者ギルド内にいる冒険者を確認することにした。
聞いてダメなら足で探すしかない。
まあ、壁際に立つ冒険者の中にはいないと思うけど。
背格好が違い過ぎる。
「う〜ん? バーゼル、いないの? 大したのはいない感じだし……」
「ハァ……なに粋がってんだ、お前」
とはいえ、ちゃんと確認しないことには見逃してしまうかもと、ターニャと一人一人の顔を確認していく。
いない? いないね。
こちらが壁の端まで辿り着く頃には、いつの間にか出来上がった野次馬の円の中央に、厳つさが顔に出ているオジサンと、褐色美人が立っていた。
……ちょっと動かないで欲しいな、壁際の冒険者。
揉め事の気配だが、冒険者ギルドは不干渉なのか見ているだけに留まっている。
あー、うん、テンプレね、テンプレ。
苦節十二年、初めての異世界テンプレだ。
しかし思ったより感動を覚えないのは何故か?
ダンジョンから吐き出される冒険者を吸って大きくなっていく円の外側を周りながら、解体場のような場所で獲物を査定されている冒険者も確認していく。
こちらも違うようだ…………ここにはいない、という可能性も出てきた。
ターニャの予想には納得出来るのだけど……奴ら本気でバカだから、なんなら最初の街に居ることも有り得そうで困る。
「決闘なら受けてもいいけど……喧嘩なら他を当たってくれない? 雑魚に興味ないから」
「……マジで調子くれてんな? 自分が何言ってっか分かってんのか?」
いやそれこそあんたも何言ってんのか分かってんのかよ、明らかだよ、建設しまくりだよ。
ヒートアップする会話に周りの動きも激しくなっていく。
よく見ようと入り乱れる冒険者共。
「ちょ、ターニャ、これキリ無くないか?」
「タイミング悪かったね」
本当だよ。
仕方なく距離を取って大まかな確認をしていく。
テッド達の自覚の問題もあるんだろうけど、なんか見つけたら向こうから声を掛けて来そうに感じる。
そんなわけないのに。
まあ、しばし待ちでいいだろう。
ターニャと二人で空き始めた解体場の壁に沿って立つ。
バキッ、という音が聞こえてきたのはそんな時だった。
人混みから野球のボールのように飛び出してきた冒険者をサッと躱す。
後ろは壁だ、どうなるかは火を見るより明らかである。
脱いだ後の靴下のようになった男の冒険者をターニャと二人で眺めながら、事態を静観する。
「ギルド内での私闘は困りますよ」
円に穴が空いたおかげで、真ん中がよく見える。
さっきの職員さんがローブの褐色美人に忠告していた。
剣は抜いてないのか背負ったままだ。
無手か? 凄いな、結構距離あるのに真っ直ぐ飛んできたぞ?
「……レンみたい」
ハハハ……そんなまさか? だとしたら武器の差で負けちゃうよ? …………あくまで武器ね?
「ハァ……めんどくさ。決闘って言ったし、あっちは受けたし、そもそも得物抜いてないんだけど? あっちと違って」
その言葉にクシャ靴下を確認してみると、確かに片手剣を握っている。
手放さなかったのは大したもんだ。
「テッドが好きそうな展開だなぁ」
「……乱入してくるかも?」
その一言にターニャと顔を見合わせて頷いた。
観察するように野次馬の円を見守る。
二、三言葉を交わす職員さんと褐色美人。
クシャ靴下冒険者の仲間だという殺気立ったチンピラが出てきた辺りで、もうこれ以上の乱入は無さそうだと息を吐いた。
普通に街に観光しに来ただけだったら、見物していっても良かったのだが……。
「どうする、ターニャ?」
「……」
黙考するターニャには、しばし時間が必要なようで。
なんとなしに激高するチンピラ冒険者と面倒くさそうな表情の褐色美人を見ていると、野次馬冒険者のざわめきが強くなった。
原因は内側じゃない、円の外側――――ダンジョンから現れた冒険者に注目が集まっている。
巨漢、というと思い出すのは賊の頭だという髭野郎だったが、これぞ本物だと言わんばかりの二メートルを越える筋骨隆々が、人の海を割って褐色美人に近付いていく。
――――雰囲気が違った。
巨漢の男と共に歩く仲間の冒険者も、周りを形成する有象無象などとは一線を画す、醸造された空気を身に纏っている。
しかしそれも巨漢の男と比べるとまだ及ばない。
特に威圧しているわけでもなく、武器に手を掛けるわけでもなく、ただ歩いているだけなのに、息を呑み、肌を粟立たせ、目を逸らさんばかりのプレッシャーを放っている。
物が違う。
しかしそれを真正面から受け止めて、褐色の女は平然と――いや笑みさえ浮かべて立っている。
退くつもりはない、と。
両者が対峙するのは必然であった。
「俺が……バーゼルだが?」
「へー。辺境のダンジョン都市にしてはまあまあの収獲かな?」
それはまさに一触即発とならん空気の変化だった。
「レン、一度出よう」
「……え? …………えぇ」
これからなのに?
思わず鳥肌を立たせて手に汗を握っていたというのに、ターニャはいつものジト目でこちらの腕を取り、出口へ引っ張っていくという通常運転っぷりを発揮した。
……女の人には分からんとですよ! ああ?! テンプレが?!
職員さんが上げる悲鳴染みた声をバックに、冒険者ギルドへの初来訪を終えた。
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