第103話


 宿は取れた。


「夕食は終わりの鐘が鳴ってから砂が落ち切るまでね。出掛ける時は鍵を掛けて荷物は自己責任。フロントで預かる時は改めるからそのつもりで。トイレはあっち、サウナはそっち。質問は?」


「彼氏いる?」


「ざーんねん。あんたより年上で背が高くて格好いいのが三人。誰の真似してるのかしんないけど、せめて成人してから来てよね?」


 あんまり背格好変わんないじゃん。


 看板娘だと言うポニーテールの女の子が笑顔で手を振って部屋を出ていく。


 幼馴染だと言うショートカットの女の子が荷物から角材を出して素振りを始める。


「落ち着くんだターニャ。チャノスはまだ見つかってない……そうだろ?」


「……そう」


 ジト目が怖いよ、ちょっとした冗談なのに。


 ターニャと宿で一息ついている。


 初めて見た異世界の街は、……想像していた風景とはちょっと違った。


 よくあるヨーロッパ風の瀟洒な街並みなどは無く、雑多な印象がある継ぎ接ぎ染みた造りの街だった。


 後から後から増やした建物が横広がりしている感じで、馬車で通り抜けられる道が外縁にしかなく、中央はほぼ歩行者天国のような有り様だ。


 街壁も三重になっていて、宿があったのは二つ目の壁を越えた先である。


 最初の検問以外はフリーパスで、特に住み分けられている風でもなかったが。


 ただ単に街が大きくなるたびに壊さず残っているだけなのだろう。


 なんか……コレジャナイ感が凄くある。


 返して欲しい、俺の異世界慕情。


「獣耳もいなかったしなぁ……」


「……アニマノイズなんて滅多にいない」


 なんとなしに呟いた言葉に、予期せぬ反論が返ってきた。


 ……あれ? もしかして俺って世間知らず?


 ハッハッハ、そんなバカな、たまたまさ……たまたま。


「ああ、アニマノイズねアニマノイズ。獣人だろ? 獣人」


「……獣人なんて伝説上の生き物」


 なんなんだよアニマノイズ?! もう訳分かんないよ!


「そんなことよりターニャ」


「……誤魔化した」


「割と広い街みたいだから、何処から当たろうか?」


 獣耳はもういいんだよ獣耳は! 別にケモナーでも無いし、よく考えたらコスプレしているお姉さんみたいなもんだから。


 前の世界にも居たよ。


 溜め息を一つ吐き出したターニャが、角材を自分のベッドに投げ出す。


「……冒険者を探すんだから、まずはギルド」


「まあ、そりゃそうなるよなぁ……」


 なんかありがち過ぎて嫌な予感がするんだが……。


「テッド達の『計画』にダンジョンの攻略は必須。まず間違いなく潜ってる」


「あー……あの、『伝説の冒険者になるために』? だっけ? 本気だったのか?」


「……『英雄への成り上がり』……だったと思う」


 テッドとチャノスが鼻を高々に語る『完璧な計画』とやらは幼馴染内では耳タコである。


 基本的には、冒険者になってギルドでの信用を勝ち取り重用されて偉い人とのコネを繋ぐ、というありふれた成り上がり物なのだが……。


 何につけても手っ取り早さを求める二人は、途中でダレるのかショートカットを始めるのが常だった。


 やれダンジョンで財宝を見つけるだの、やれ国のピンチを颯爽と救うだの、やれ戦争で敵将を討ち取るだのと、夢見がちにも程があるような内容を計画に組み込むのだ。


「最新作は……海から襲い来る巨大な魔物から街を救う、だったかな?」


「……突如現れた敵国の兵士相手に大立ち回り、だった筈……」


 もう分からん。


 正直、ネタなのか本気なのか正気なのか……とにかく頭を疑うような内容だった。


 陰キャ中学生の妄想のようなものだと思って聞いていた気がする。


 残念なことに、そんな二人がカーストの最上位だというのだから……ミュージシャンに憧れて上京する奴のような結果になっている。


 もし本気だとしたらだいぶヤバい。


「…………テッド達、生きてるかな?」


「半分」


 それって半分は死んでるってこと? それとも確率が半分ってこと?


「……潜ってるのは間違いない。でもかは分からない。引き返すなら、それが最良」


「な、る、ほ、ど……」


 エノクやマッシのようなパターンを言ってるんだな? 現実を知って、なおどうするかってことか……。


 割と冷静な判断をする奴らなのだが……。


「見栄っ張りなんだよなぁ……」


「……そう」


 それに、アンの存在や魔法を使えるという事実もある。


 奴らが夢を捨てるには、あまりに惜しい状況だ。


 引き際を見誤って……なんていくらでもありそうである。


 死んで貰っては困る、何しろお題目は『チャノスの確保』なんだから。


 その際に少しばかり傷んだとしても、それは仕方のないことだが……。


 生きていればこそだと思う。


「…………あーもう! なんでチャノス連れ戻しに来て心配なんてせにゃならんのか?!」


 普通の冒険者活動から始めろよ?! 薬草採取とか! 街でのお使いクエストとか!


「……ふふ」


 んん?


 横を向くと、ターニャが丁度ベッドに座るところだった。


 いつもと変わりないジト目と目が合う。


 …………あれ?


「……聞き込みは明日から、今日はもう寝よう」


「お、おお。そうだな」


 早々にベッドに潜るターニャを尻目に、溜め息を吐き出して荷解きを始めた。


 ……きっと疲れが出たんだろう、俺も早く寝るとしよう。




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