第102話


 つ、疲れた……。


 強化中の時間の流れは圧縮されていて、僅かな時間で多大な距離を進めるのだが、それはあくまで傍目からしたらという話。


 実際の体感時間はもっと長い。


 しかも魔力が五割を割る前に魔法を解くから、余った時間はコンコンと地道に荒野を歩き続けることになる。


 あれ? おかしいな? 損しかしてない気がするや。


 生活に必要な水や火も生み出して、割と強行軍を行うこと三日。


 物々しい要塞のような雰囲気の外壁が見えてきた。


「……三日」


「まあ、結構掛かったけど……こんなもんじゃない?」


 ターニャの呟きに息を吐き出して応える。


 ようやく着いたという気持ちは同感だが。


「……違う。予定したより早い」


「あ、さいで? でも早く着く分にはいいんじゃない?」


 早く見つけて早く帰ろう、少なくとも春までには帰りたい。


 春で十二になるのだ、特に誕生日みたいなのは無いけど、出来れば村で迎えたい。


「……レンの魔法……強くなった?」


「え?」


 振り向いて首を傾げるターニャに、同じく首を傾けて応える。


 ……本人的には変わりないと思う。


 ライターや蛇口の魔法の手応えは変わって無かったし、強化魔法においては……正直、ずっと代わり映えのしない景色だったから威力なんて分からない。


 殴ったり蹴ったりがメインだったし……比べるものが無い。


 昨日から森に入ると魔物が出始めたけど、万が一を考えて接触していないし。


 ちなみに森に入る理由は排泄だったりする。


 ターニャがしっかりと土の魔晶石の粉を持ってきていことに驚いた。


 意外と繊細なのかも? そこらへんですればいいと思ってた俺と違って。


 村で暮らすとこうなるんだよ、変じゃない。


 しかしそんなターニャが強くなったというのなら……やはり強くなったのだろうか?


 ……ああ、いや待て待て違う違う。


「変わりないよ、たぶん。ターニャに見せたのって加減してたやつだから」


 確かターニャを運ぶのに使った魔法って両強化の二倍だったと思う。


 最大倍率の乗算は初お見えの筈だ。


 それで勘違いしたのだろう。


「……そうなの?」


「そうそう。さ、行こうぜ。暗くなる前に宿も取りたいし」


 考え事をしているターニャを、足元に置いた荷物を拾い上げて促す。


 あまり長々と休んでいたら宿が埋まるなんてことにもなりかねないし。


 出来れば今日はベッドで横になりたいもんだ。









「身分証?」


「そうだ、身分証だ。早く出せ」


 すいすいと進む長蛇の列に加わって、入街審査のようなものを受けている。


 しかし一人一人に掛かる時間から、大仰な審査じゃないんだろうと高を括っていたら、そう言われた。


 運転免許証も保険証も見たことない世界で、久しぶりに耳にする単語だなぁ……。


 改札で詰まってしまった人の如く、後ろに並ぶ人の視線が厳しい。


「お金じゃなくて?」


「いや、金もいるが、まず身分証だろう? ……なんだお前? どこの生まれだ?」


 他の世界です。


 苛立ちも露わにしていた兵士さんが、しかしどこか呆れた色を視線に滲ませる。


 田舎者とでも思われたのかもしれない。


 遥かに進んだ世界から来ましたが?! むしろ最先端は辺境の開拓村にありですが?!


 しかし慌てることはない、こういう時こそ無駄に多く読んできたラノベの知識が役に立つ。


「……あ、中のギルドで冒険者登録して、そこで身分証を貰う…………的な処置は?」


「……いや、確かにギルドカードの発行はあるが、そもそも身分証も無い奴を街に入れたりせんだろう? なんだその警備は……」


 納得出来る、ラノベ知識を論破するのとかやめてくれます?


 じゃあ村出身は何処で身分を保証してもらえばいいんだよ。


 疑問に答えてくれたのは幼馴染だった。


「……これ」


 荷物をゴゾゴソしていたターニャが、丸めた紙を取り出して兵士に渡した。


「あー…………よし、確かに。一人銀板一枚だ」


 巻き紙を広げた兵士は、内容を一瞥すると金の話へと移行した。


 どうやらそれが身分証とやらのようだ。


 口を挟む間もなく、ターニャがポケットから銀板を二枚取り出した。


 用意がいい?!


「……二人分」


「受け取った。……とぼけた兄貴を持つと苦労するな?」


「……兄妹じゃない」


 お金の受け渡しを終えた兵士から、ターニャが銀板の代わりに銅で出来た板を貰う。


 とても等価交換には見えない。


「……はい」


「あ、あざます」


 振り返ったターニャが銅板を一枚渡してくる。


 なんか大丈夫? これ騙されてない? 銅だよ、これ? なんで銀板が銅板に変換されたの?


 幾つもクエスチョンマークが浮かぶ中を、後ろの人が待っているからという理由でターニャに腕を引かれる。


「……レンは知識が偏り過ぎ」


「そ、そんなことはない」


 いや、だって、教えて貰ってないし? 身分証とか、この銅板とか。


 金銭も最近知ったばかりである。


 ちなみにこの国の通貨は金貨銀貨銅貨などではなく、銅棒、銀板、金針という貨幣になっている。


 銅棒は小指サイズの銅で出来た円柱、銀板は銀で出来た薄いカード、金針は銅棒より一回り小さい純金の円柱だ。


 金貨などの貨幣もあるそうなんだが、どちらかというと出土品に近いらしい。


 しかしおかしいな? 俺が保護者的な立場な筈なんだが……。


 異世界って色々と常識が通じないと思う。


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