第101話


 目の前には、地平線の果てまで続く荒野が広がっていた。


 振り向けば、今し方抜けてきた森がある。


 ……植生とかどうなってんの?


「レン、こっち」


 自然の巨大さに呆けていた俺をターニャが引っ張る。


 地図を片手に西の方を指差すターニャ。


 用意してきたと言う荷物は俺が背負っている。


 ズタ袋一つの俺と違って、ターニャの準備は万端なようで……。


 いいんだ、頭脳労働より肉体労働の方が村じゃえるから。


「道沿いじゃないの?」


「……凄い遠回りになる」


 そう言って地図を広げるターニャ、どうやら説明してくれるらしい。


 地図は……もの凄く簡単なもので、しかも手作り感に溢れていた。


 ターニャが描いたわけじゃないことだけは、字から分かったけど。


 …………荒いなぁ。


「……ここがわたし達の村」


 地図の右上隅を指差すターニャ。


 上部が黒く彩られ、『森』と記入されている中に赤い点がある。


 そこが俺達の村らしい。


 なるほど、辺境である。


 一番近い……村? 街? まで大分南下する必要がある。


 地図上では中程まで下ると現れる新しい赤い点だが、日数にするとどれくらい掛かるものなのか?


「……ここまでは、空荷の馬車で、約六日。地図には無いけど東に川が通ってるから、そこまで困らない」


 ターニャが地図の右端をなぞって説明してくれる。


「つまりターニャの予想じゃ、ここにテッド達はいないってことだな?」


「うん。あの二人はバカだけど、そこまでバカじゃないと思うから」


 お、おう。


 意外と辛辣ですね? もしかしてターニャも怒ってます?


 エノクやマッシの話しぶりからすると、ここに冒険者ギルドがあって、そこで登録が出来るらしいんだが……。


 さすがに未だここに残っているわけがないよなぁ。


 そこそこの交易もある街なのか、村の荷物は全てここに運び込まれている。


 残って冒険者活動をしていれば、村人とバッタリということも充分に有り得るだろう。


 ターニャの指が動く。


「……バカは、薪の流通ルートを調べてた。この街の存在を知った筈」


 そう言ってターニャが指差したのは、地図の真ん中やや左上側にある大きな赤い点だった。


 『マラキア』と記してある。


「……ダンジョン都市」


「ダンジョン都市?!」


 そんなのあったの?! チャノスの妄想じゃなくて?


「……あれ? でもそんな栄えそうな都市が近くにあるんなら、ちゃんとした道だってあるんじゃ……」


「……地図じゃ分かりにくいけど、ダンジョン都市から村まで、馬車で二十日以上掛かる。しかも荒野を進まないといけない」


 ターニャの指が地図の真ん中を弧を描くように動く。


「いやいや、この赤い点の上部分が森に繋がってるから。森を進めば多少は楽なんじゃない?」


「……レン……森には、普通、魔物が出る」


「…………『森の魔物』かな?」


「普通の魔物。何故か村の周りには『森の魔物』以外の魔物が出ない」


 デッカい蛇が頭を過ぎる。


 そりゃ近付きたくはないだろう。


 森の魔物は魔物の気持ちが分かります。


「でもさ……」


 地図で見ると、村からダンジョン都市までは地図の外縁を沿うように進まなければならない。


 いくらなんでも非効率だと思う。


 ここに一本、道を引くだけで……!


「レン。行ったところで、あるのは名前も無い開拓村だから……」


 指がピタリと止まった。


 な、なるほどね? 相手側の理由が無いということか……。


 いやいやでもさ!


「か、観光名所を作る、とか?」


「……レンが村を好きなのは分かったから」


 今は違うとターニャが俺の手を掴んで押してくる。


「雪景色は綺麗だし、川はめちゃくちゃ澄んでるし、夕日が沈む様は圧巻の一言で……!」


「……どこにでもある」


 何処にでもあるの?! そうなの?!


 そんなことは無いと思うけど、今は違う話をしているからと自重した。


 そんなことは無いと思うけど!


「わたし達は、森沿いを西に進む」


 ターニャの指が北部にある森の外縁をなぞる。


「……常に森を右手に進めば、迷わない」


「いやいや、迷わなくても……馬車で二十日ってことは歩いて何日なんだよ……」


 そんなに遠いとは思っていなかったので、持ってきた食料が早々に尽きてしまう。


「……そこはレンが頑張る」


「……俺か」


 いつかのように両手を広げるターニャに、移動方法が魔法有りきで語られていることに気付いた。


 ……魔法、またもや魔法である。


「……レンが魔法をあまり好きじゃないのは、知ってる」


「…………別にそんなことないけど」


 ただ得体が知れない感があるだけで、頼りにはしている……。


「……チャノスが手から水を出した時に、井戸から汲んできて対抗したくせに」


「いーや、あれは冷たい水が飲みたいだろうと思っての行為だから。思いやりだよ」


 夏の暑い日だっただろ? 生ぬるい水よりキンキンに冷えた井戸水の方が良いと思っただけだって。


「……レンは、どこか魔法に否定的」


「そんなことないね。よし、運ぼうじゃないか。むしろずっと魔法を使って移動してもいいぐらいだね! いやほんと?!」


「ほんと?」


「ほんとほんと!」


「……じゃ、よろしく」


 あれ?


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