第100話
テッドかチャノスだ。
テッドが有り得ないから、もうチャノスしかいない。
そんな消去法だが、不思議と外れている気はしなかった。
そもそもケニアは真面目なのだ。
村に相手がいるのなら、ちゃんとした手順を踏む……そんな信頼感が確かにある。
子供には親が必要だから。
だから誰にも相談しないということは……その相手が村にいないからなんだろう。
故にテッドかチャノスだ。
そしてテッドは有り得ない。
「……あの、ク・ソ・ガ・キぃ〜……」
か細く呟いてから、再び声を押し殺した。
本当なら音を立てるのはよくないのだが、考えを纏めていたら思わず漏れてしまったのだ。
村を出た馬車に忍び込んでいる最中だ。
ここまでの道程は…………よく覚えていない。
確か在庫の確認をしているユノに、親切から交代を持ち掛けたところまでは覚えている。
そして、気付いたらここに。
不思議なこともあるものだ。
……分かっている、よく分かっているのだ。
この世界の出生率や、子作りに対する概念の違いなどは。
両者がまだ子供で、精神的に未熟だったということも、重々承知している。
それでも尚、なんか……こう、イライラするのだ。
とにかく動かないことには、納得出来そうになかったのだ。
テッド達……いやチャノスを、連れ戻したいのか、ぶん殴りたいのか、こればっかりは会ってみないことには分からなかったが。
「……とりあえず最大強化でぶん殴って、生きてたら連れて帰るってことでいいかな?」
「……それ、死ぬから」
返事を求めていない独り言に返事が返ってきた。
ガタゴトと揺れ動く馬車の荷台には見張りも居らず、物言わぬ商品が詰まっているだけである。
その筈だ。
怒りのあまり幻聴を聞いたんだよ…………きっと。
ハハハハ、だってこれ以上血の気が引くとかありえないでしょ、俺の血が無くなっちゃうでしょ?
それでも確認のためにと、忍んでいた樽から顔を出してみた。
不思議なことに、隣りにあった樽の上蓋も同じように持ち上がり――――闇の中から見たことのあるジト目がこちらを覗いていた。
先に載せてあった樽なんだけど? …………絶っ対ありえねぇ……。
「……上手くいった」
「何一つ美味いことなんてねぇよ……」
敗北の味しかしない。
そそくさと隣りの樽から姿を現す幼馴染から目を逸らすために自分の樽に潜る。
「そろそろ降りよう」
「嫌だ。俺もうここに住む」
「ワガママ言わない」
どっちがだよ?!
「レン、何処に行くか……分かってる?」
投げ掛けられた疑問に答えを持たない。
勢いでここまで来たからだ。
知ってる? 俺もテッド達の幼馴染なんだよ。
少しばかり開けた蓋から外を覗くと、ターニャが地図を広げていた。
「わたしは分かる」
……用意がいいな。
…………いや待て、良すぎないか?
ケニアの妊娠発覚からここまで、半日と経っていないのに……。
不意に嫌な予感が襲う。
巻き戻しのような速度で、ここまでの出来事を――――ターニャが家にやって来てからの出来事を、回想した。
してしまった。
「ま、まさか……」
慄きから呟き声が漏れる。
確認するようにターニャを見上げれば、視線が合ったところでプイッと逸らされた。
相変わらず誤魔化し方が雑だ。
誰を見本にしているんだろうか? きっと父親辺りだな。
今日のターニャは、スカート姿だ。
余所行きの格好。
久しぶりの集まりにちょっと良い服を着てくるなんて年頃なら当然、なんて考えで気にも止めなかったけど。
もしくはケニア辺りが着せ替え監修でも行ったのだろうと……。
よくよく考えれば有り得ない。
待ち合わせで、しかも村の中だというのに……あのターニャが、である。
あの時点で既に術中だったのだ。
酒場という突飛な待ち合わせ場所、金も持っていないのに頼んだ果実水、人の少ない時間帯。
そもそも……ターニャの当初の用件というのが、ケニアの妊娠発覚だったとしたら――どうだろう?
あの時に、俺がそのことを知ったのなら、どうしただろうか?
ケニアの姿を、あの表情を、目の当たりにする前だったとしたら――
「……こっそり連れ帰ろうとは、思わなかったかもなぁ」
「……そう」
商店に怒鳴り込んで、村長に告げ口して……うわぁ、目に浮かぶようだ。
「だとしても……随分と遠回りじゃない?」
ちゃんと話せば…………うん、たぶん、恐らく、もしかしたら、聞いた、と思う……よ?
たぶん。
「……テトラのこともあった。だから」
テトラ? なんでここでテトラが出てくるの?
樽から出ながら首を傾けて疑問を示す俺に、ターニャは言おうか言うまいかと、口を開いては閉じるを繰り返す。
うわぁ……やめてやめて、その仕草。
トラウマになりそう。
ケニアの様子がおかしいって水を向けてきた時の様子と同じじゃないか。
勘弁して欲しい。
「……レンは、ケニアのことがちょっと好きだった」
また!
「そんなことはない」
そんな事実は有り得ない。
なんでもかんでも恋愛に絡めるのはどうかと思うな?
ほんとに、なんというか……こういう年頃のピンクでフワフワした雰囲気に、俺はどうにも馴染めない。
恐らくは、この先もずっと。
「……今はそういうことにしといていい」
「未来永劫ずっとそうだから」
僅かながら持ってきた食料を引っ張り出すために俺はターニャに背を向けた。
……ほんと、勘弁して欲しいもんだ。
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