第99話
「レン、ちょっと背が伸びたんじゃない?」
「成長期だからね」
「……成長期」
軽い挨拶代わりの会話だというのにもう被害が出てしまった。
自陣営に。
落ち込むなターニャ、たぶんもう成長はしないけど。
自身のプロポーションに納得がいっていない幼馴染を置いといて席に着く。
「食事、いいかな?」
朝ご飯がまだなのだ。
「いいわよ。私はいらないけど」
「食べてきた?」
「うーん、なんかお腹空いてないというか……」
これ、センシティブな所に触れてる?
「飲み物、三つ頼んだ」
復活したターニャも席に着く。
六人掛けの丸テーブルが少し意味深だ。
二人掛けの席に椅子をくっつけても良さそうなのだが……無意識だとしたら重症だぞ?
なんだかんだと七人で集まっていたからなぁ……ターニャの前情報があるせいで考え過ぎているのかもしれないが。
「飲み物ぐらいなら入るわよ。お水?」
「……果実水」
「わ、珍しい。――奢り?」
ニヤッとした笑い方が蠱惑的だ。
こりゃ男ならコロッといっておかしくない、特に思春期なら尚の事。
この誘惑に耐えていたチャノスを褒めるべきか、アンへの想いの強さに驚くべきか……。
幼馴染としては微妙なところである。
「……お金持ってない」
「ちょっと待とうか?」
え? どういうこと? 俺なんて最近ようやく小遣い貰い始めたばかりなんだが? 早速集られるの?
「ハア〜、相変わらずね、ターナーは。しょうがないわね〜、今回だけよ?」
「あ、いや。出すよ。出す出す」
誘っといてそれはどうなんだ、と考えるのは見た目より高い精神年齢故か。
「……ごち」
この野郎。
「んー、じゃ、半分コにしよっか? どうせ私の分もあるし。だから気を悪くしないでね? ターナーっていっつもこうなの」
おお! まさかの割り勘である。
正直、未だに獲物ゼロの狩り初心者にとってはありがたい。
出世したら返すから。
「知ってるよ」
「わ、意味深」
いや本当にもうさぁ……なんだろう? 思春期になると広がるこのピンクでフワフワした空気に耐えられない。
直ぐに男女関係に結び付けてしまうのは年頃だからだろうか。
しっかし……コロコロと笑うケニアには騙されそうになる。
事前情報……ターニャが言う事前情報と直前の悲しそうな表情から、ほぼ間違いなく凹んでいるというのが分かっているのに、だ。
そう思うと…………なにか、こう、力になってあげたい、って気もする。
きっと付き合いの長さ故にだろう。
しばらく止め処ない話が続いた。
よくある近況報告や面白かった事、基本的には互いの知り合いの話で盛り上がったが……。
――――テッドとチャノスとアンの話は出てこない。
……割と腫れ物扱いなのかも? これ引き出すの無理じゃない?
「よう、レン。飯持って来たぞー、飲み物も三つ。お代は帰りでいいぞ」
心の中で焦っていると、店員が朝飯を持ってきた。
「ありがとう。……って、果実水って自分で絞るのか。しかもレモの実だし」
もっとオレンジジュースみたいなのを期待してたのに……ちなみにレモの実というのは檸檬に似た酸っぱい果物だ。
つまりコップに入っているのは水だ。
「ハハハ! お子様にはまだ分かんねえだろうけど、これが酒呑みにはバカ売れなんだよ。ごゆっくり」
知ってるよ、ってかそういや酒場だったね、ここ。
さすがのターニャも計算外か? まあ酒場に来るのなんて初めてだろうし。
「まあ、何も無いよりいいか」
輪切りにされた一つを絞る。
俺が食事を始めると、それぞれがレモの実の汁を水に足す。
「ケニア、結構絞るんだね?」
「そう? 普通じゃない? ターナーなんて、ほら」
丸ごと齧ってる奴いたよ……絞ってるだけマシな部類かな。
「もう果物と水じゃん」
「……酸っぱい」
そりゃそうだわ。
こちらの世界の食料の特徴に、素材の味の強さというのがあるが、それ故に強烈な印象を与えてくる物もある。
つまり唐辛子や檸檬等の辛味や酸味の強い食材は、味のインパクトがより強くなっているということだ。
輪切りでも水に薄めてようやくといったところ。
美味しいけどね。
しかし果敢にも再度挑戦するターニャは食い意地が……失礼? 食べ物を大事にしている。
その様に釣られるわけじゃないんだろうけど、ケニアも絞った後の実を齧る。
「うわ、ケニア無理しないほうがいいよ?」
「ううん、結構美味しいわ。私、レモって生で食べるの始めてだけど、食わず嫌いだったかも」
そんなバカな。
どうぞどうぞと、どっかの芸人のように勧めてくる二人に乗せられて半分に切り分けられた実を一口。
「いや酸っぱあ?!」
「……ね?」
ね? じゃねぇよ! いや俺も分かってたけど?!
「ケニア、よくイケるね?」
「結構絞ったからかしら? でも、うん……お水も好みかも?」
たっぷりレモを絞った水を飲んで頷くケニア。
摂取量的に変わり無くない?
食事をターニャに取られつつ、話題は俺の初狩りの話に移行した。
やはりというかなんというか……この話題でイジられるのは村の若者の宿命なのかもしれない。
「やっぱり初狩り初日で獲物ゲット出来るのは凄いんだなぁ」
「昔、エノクとマッシが自信満々だったのも分かるんじゃない?」
あー、あったあった。
何処から出てくんの、その根拠の無い自信は? って思ってたことが。
でも初日で獲物を捕れたって言うんなら、確かに凄い……。
話題の途中でケニアが大きく欠伸をした。
これまた珍しい。
「…………ごめん?」
手で隠していたが、恥ずかしかったのか顔を伏せて耳を赤くしているケニア。
「いやいいけど、珍しいね? 話、つまんなかったかな?」
エノクとマッシだもんな。
「そんなことない! レンの話はいつでも面白いわ……ただ、最近疲れやすいからか、眠気が凄いのよ。朝から集まってたから……」
「あー……うちの母さんもそんな感じだ」
「そうなの? 全然そんな風には見えないけど」
「あれで割とダラしないよ? この前なんかも――」
上手いこと初狩りの話題を終わらせて親の愚痴へと誘導しつつ、切りのいいところで席を立った。
「ちょっとトイレ」
ケニアに断りを入れてから、席を離れる前にターニャに耳打ちを一つ。
…………心配しすぎだといいなぁ。
奥にあるトイレに行ける通路に隠れて結果を待つ。
異性が居るとしづらい話題だろうから席を立っただけで、別に便意はない。
あるのは……もっと厄介なものだ。
壁から覗くターニャとケニアは、談笑を続行しているのか和やかな雰囲気。
世話焼きのお姉さんと妹感がこれでもかと出ている。
ふと、ターニャが何かの話題を出して、ケニアが周りを気にするように見渡した。
どうやら本題の模様。
わざわざ席を立ってターニャの隣りに腰掛け直すケニアからして間違いないだろう。
ケニアはターニャに耳打ちで何かを告げた後、先程までとは打って変わった雰囲気でテーブルに突っ伏した。
その隙を突いて、ターニャがこちらを見て――――頷く。
全身の力が抜けたような気分になった。
血糖値が下がり過ぎて倒れそう、俗に言う血の気が引くってやつかな……。
壁を背にズルズルと座り込む。
…………そりゃないぜ、チャノス。
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