第97話


 村に帰ってきた。


 夜の森で狩りをする訳にもいかないので、余裕を持っての帰宅だ。


 オヤツの時間を過ぎたぐらい。


 残念、もう少し時間があればデッケェ鶏肉を持ち帰れるところだったのに。


「レンは弓が下手だね?」


「まだ焦る時間じゃないよ父さん」


 村の中にも獲物がいるかもしれないじゃん? ほら? 冬眠中の蛇とか?


 大きくなくて人語を喋らないやつ限定。


 見つけたら秒ですよ、秒。


 しかしそうこうするうちにゲームセット、我が家が見えてきた。


「ところで父さん?」


「慣例は慣例だから。ダメだよ。大丈夫、明日も狩りに出れるから」


 これは我が子に食事を与えないというハラスメントなのでは? 子供電話相談室案件ですが、いいんですか? ねえ、いいの?!


 父が獲った獲物が目の前でブラブラと揺れている。


 適当な枝に吊り下げて運んでいるのだが……これに弓を射たら俺の物になりませんかね?


「ただいまー」


 ああ?! 獲物を見つめているうちに獲物を逃してしまった!


 開いた扉の向こうから暖気が漏れてくる。


「おかえりなさい。まあ、大漁ね?」


「うん。今日はレンが無しだから余計にね」


「それはありがたいわ」


 うちの親に情なんて無いのだ。


 長靴を脱ぎながら矢筒を壁に立て掛ける。


「あとで手入れの仕方も教えてあげるよ」


「お肉の分けて貰い方もお願いします」


「あはは、それは頑張って」


 頑張ったんだよぉ?! 弓を飛ばせるだけ凄いと思わない? なんかセンスの違いを感じるよ! 通りでテッドとチャノスが狩りについて自慢してこないわけだよ!


 これは惨め度が高い……俺も冒険者になっちゃうぞ?


 溜め息を一つ吐いて自分の部屋に向かう。


 最近ゲットしたマイルーム。


 ちょっとした物置きだったので、荷物は外付けの小屋に運び出してスペースを作った。


 一人で寝転がる分には問題無い。


 ……ここまで長かったなぁ。


 部屋が欲しいと駄々を捏ねて、家の外に自作の小屋を用意して、将来の予行演習だなんだと理屈を付けて……長かった。


 俺は安眠を手にしたのだ……。


「あ、そういえばレン?」


「うーん?」


 なんだよ? もしかして今日のスープにはキノコも入ってないとかいうオチかね? 餓死るよ?


 母の呼び掛けに生返事を返しながら部屋のドアを開けた。


「ターナーちゃん来てるわよ」


 マイルームに三角座りの幼馴染を発見。


 扉を閉めた。


「先に弓の手入れをしよっかな?」


「今日は父さんがやっとくから」


 ニコニコとしながら弓を受け取る父。


 いやマジで違う、そういうんじゃないから。


 年齢が二桁に達した辺りから、ターニャと絡んでいると、こういう気を使われるようになった。


 色気付く年齢と言われればそうなのかもしれないけど……うーん、無い。


 無い、なぁ。


 本当に考えたことがない。


「ほら、だいぶ待ってたんだから、行ってあげなさい」


 防寒着も母が受け取り退路を断たれる。


 渋々と再び部屋の扉を開ければ、今度は正座して待っているターニャ。


 すっかり水色になった髪をショートカットに纏め、モコモコした防寒着姿だ。


「……うぃーす」


「おかえり」


 うん、自分ん家だけど……違くない?


 狭い部屋なのだ、ターニャの対面に腰を降ろして膝を突き合わせる。


「そんで? この寒い中ご苦労さん。なんかあった?」


「……なんか無いと、来ちゃダメ?」


「ダメだ」


「……」


 むしろなんかあった時の方がダメだけど。


 ターニャから闘気が放たれ始めているので追い撃ちは避けようと思う。


 しかしターニャが反撃してきた。


「……お肉とれた?」


「うん……取れなかった」


「そう……また野菜スープか」


「うん……」


 途端に始まる貧乏家族ごっこ。


 仕返しかな? 仕返しだね。


 無表情で俯くとか演技が細かいよ?! いや本当にお肉を貰うつもりだったのかな? だとしたら末恐ろしい……。


「まあ、狩りの話はいいんだよ。凄い惜しくて実質は勝ちだったから。それはそれ。で、ターナーの用はなに?」


 またモモちゃんが井戸を降りてみたいとか言い出したのか? 雪球ぶつけて雪合戦に移行したらいいよ。


 そのうち忘れる、俺はその手で三回はパスした。


 用件を言おうとしたのか、一度は口を開いたターニャだっだが、何も言わずに閉じ、少し間を置いてから、また開いた。


「……ケニアの様子がおかしい」


「そりゃあ……」


 仕方ないことだろう。


 ケニアはどう見てもチャノスに恋愛感情を抱いていた。


 そのチャノスが何も告げずに消えたというのだから、本人の感情は推して知るべしだ。


「しょうがないんじゃない?」


 どうにかしたいのは分かるんだけど、こればっかりはどうしようもない。


「……レン、励ましてあげて」


「おれぇ?!」


「そう。わたしたちの中で、男の子はもうレンだけ」


「そう言われるとそうだけど……」


「……たぶんケニアは、男の子の意見を聞きたがってる、と思う。男の子がどういう風に考えて、どう思ってるのか、聞きたい、と思ってる。もう身近な男の子は、レンだけ」


「う~ん……あんま力になれるとは思えないけど……?」


「ぶつけられる対象がいるだけで、違う。あるだけで、救われる」


 そういうもんなのか?


 ……なら仕方ないなぁ。


 どうやら明日もお肉が食べられなくなりそうだと、こっそりと細い溜め息を吐き出した。

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