第94話
収穫祭がやって来た。
いやほんとにもう、この時期になるとターニャが不機嫌で不機嫌で……。
気がつくとジトられる。
「…………何か?」
「…………何も?」
無言の圧力に屈することなく、今日も精神を鍛えよう。
収穫祭の日は朝から食事が無かったりする。
お祭りなのだ、出店で食べろということだろう。
この日ばかりはテッド達に並んでバカ騒ぎに興じることが多い。
朝も早くからお迎えが来て、誘われるまま手伝いという名のつまみ食いに繰り出す。
今日は珍しくターニャが来たというだけ……。
いや最近のジト目率から言うと、何か疑いを持たれているのは確実。
精霊騒ぎから一夜明けて、村に特段変化は無かった。
あれだけの爆発に誰も気付かなかったというのだから、余程距離が離れていたのか、もしくは精霊共が何かやったのか……。
こちらとしては好都合なので文句はないけど。
他に変化らしい変化と言えば、村長宅で子猫を飼い始めたとかなんとか……。
この世界に於ける猫というのは珍しいらしく、今では村のアイドル的な立ち位置に納まっていて、手が出せない。
ちょっと裏庭の木まで来いや? という呼び出しに待ちぼうけ食らうくらいには猫をしている。
……あの毛玉めぇ。
テトラには『小さい子』に名前を付けるのは遠慮して貰っている。
相変わらず分かっているのかいないのか……元気だけは一人前の返事をしていた。
不安はあるが、あれ以来精霊がどうのこうのということはない。
しっかり約束を守ってくれているらしい。
村は変わらず冬仕度の最中で、アンがランニングの誘いに来たら逃げ出すぐらいには穏やかだ。
テッドとチャノスが早々にも魔法を使えそうだと自慢して、ケニアが
テトラの一人歩きも変わらないが、散歩に子猫が同道するようになった。
『小さい子』とやらの顔合わせを兼ねているんだろう。
『小さい子』の方は傍目には見えないので、猫が虚空を見つめているという、よくある光景が展開されるだけである。
だというのに、ターニャのジト目は揺るがない。
今日なんて女の子らしい格好なのに、女装をアピールするでなく、ジト目をアピールし続けている。
髪を伸ばす気配がないとおばさんが嘆いてたぞ? ショートカット、似合うけどさ。
女の子でショートカットってアンとターニャぐらいのものだもんなぁ。
そのアンでさえセミロングぐらいの長さなのに。
「…………何?」
「何も?」
今度は問う側と答える側が逆転することになった。
テッド家の畑に向かって歩いている。
隣りを歩むターニャは珍しいことにスカート姿。
この日ばかりはとおばさんに着せられるらしい。
ラフな格好を好むターニャにしたらスカートは嫌なんだろう、収穫祭が近付くに連れて不機嫌になっていった。
その他の理由もあるんだろうけどね?
幼馴染の珍しい格好を目に焼き付けていると、ターニャの髪の色が僅かに変色していることに気付いた。
「ターナー、髪どうしたんだ? なんか……生え際が青い……」
頭頂部に近いところが青というか水色っぽいんだが? 色気づいちゃった系?
「……最近、変わった」
いや変わんねぇよ。
そうなのか異世界? 髪の色が突然変わったりするもんなのか? すげぇな、脱色いらずかよ。
ターニャの冗談なのか、異世界の常識なのか、イマイチ分からないところである。
伸びた身長に丸みを帯びてきた体、きめ細やかで白い肌に、個性を出してきた髪色。
このうえオシャレしたスカート姿だ。
……こりゃターニャがアンやケニアのように持ち上げるられる日も近いかもなぁ。
少なくとも男の子だと勘違いされることは、もう無いだろう。
…………昔からあったかどうかは微妙なところだけど。
俺だけとか言わないよね? あのボンクラコンビもそうだよね?
「……変?」
「え? いや」
珍しく見た目に言及するターニャに、咄嗟に本音で返事をしてしまう。
青い髪といえばチャノスもそうだし。
あんなに濃くは見えないから正確には水色なんだろうけど。
その素っ気無いまでにクールな性格によく合っていると思うよ?
「ならいい」
「さいで……」
ターニャとの受け答えにビクビクしてしまう。
導火線がどこにあるか分からない爆発娘だけに、これが正答かどうかも分からない。
やっぱり収穫祭に合わせて染めたんだろうか? 褒めておくべきか、そっとしておくべきか悩みどころだ……。
チラチラと視線を送っていたら、何度目かで目が合ってしまう。
うっ……。
「……レンは、また秘密が増えたね」
「ハハハ、何を馬鹿な。私ほど正直で明け透けな人間も他にいないと思いますがね、ええ。生まれてこの方、嘘すらついたことないのが自慢でして」
「……そう」
ノッて来てくれるかなぁ? バカみたいだろ?
「レンは隠したい事や誤魔化したい事があると、必ずふざける。知ってた?」
……マジで?
「……重くしたくないんだね」
「いや……う〜ん? どうだろ?」
なにぶん、そんな癖があることすら今知ったわけで……。
秘密を軽々しく扱ってもいないと思うんだけど……?
「別にいい。今は、いい。訊かない」
「あ、そうですか……助かります」
ところでどこで気付いたか訊いてもいいですか? 今後の参考にしたいので。
相変わらずの洞察力だなぁ、ターニャは。
もはや諦めの境地に達し始めた幼馴染の頭の回転の速さに舌を巻いていると、こちらに向かってグイッと手を突き出してきた。
なんだろう? お金かな? それにしては見えてるのが手の甲なんだけど。
「……その代わり」
「その代わり?」
「……今日のダンス、一緒に踊って貰う」
……ええー? 絶対やだー。
ダンスってあれでしょ? 宴もたけなわになった酔っ払い達が、キャンプファイヤーの周りで踊るっていう悪習でしょ?
どう罷り間違って伝わったのかは知らないが、独身女性が優先的に最初に踊らされるというユノの
参加したことないよ。
「去年同様、ケニアとアンと一緒になって踊ったらいいじゃん」
「アンとじゃ死ぬ」
…………うん、まあ……うん。
昨今の運動能力の伸びは、本当に化け物染みてるもんね。
そういえば去年もフラフラになってたっけ? ……酔っ払いに混じってて気が付かなかったよ。
つまり人身御供というかスケープゴート的なお願いということか。
「……それでチャラ?」
「……チャラ」
……まあ、新社会人一発目の誘われ飲み会みたいなものだと思うか。
「……テトラより早く、踊れるんなら」
「うん?」
なんでそこでテトラが出てくるのか? テトラが踊らされるのは少なくとも二年は先の筈なのだが……。
「……なんでもない」
問い返そうと口を開くより早く、ターニャが答えて先を行く。
前を歩くターニャの楽しげな足音と共に、気の早い村人の上げる歓声が聞こえてきた。
木製のジョッキをぶつける音や子供達の笑い声、簡単な楽器の調律に動物の声まで合わさって、こちらの脳髄を刺激する。
今年の収穫祭も楽しくなりそうだな? ほら――
祭り囃子が、直ぐそこに。
――――――――第二章 完
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