第92話


 指の先から電気を生じさせた――――と思った矢先に、ロボットのソードパーツが激しく発光したのだ。


 昼間をかくやという光に嫌な予感を覚え、手の平の皮がめくれるのも気にせず距離を取った。


 痺れていた手足を無理に動かした反動か、体の何処かでブチブチという音がした。


 即座に回復魔法を使用。


 場所が悪く、湖に逃げ込むにも遠い所まで来ていたからだ。


 もしかして電気に弱い? 自らも電気を使うのに? そんなことあるか?


 追撃を思って背筋に掻いた汗は、しかしフリーズしたように動かないロボットを見て引いていった。


 ――――ソードパーツが、電気と接触したから不具合が発生した?


「……電化製品かよ」


 水中を嫌った理由もそれだろうか?


 想像より遥かにショボい雷魔法だったのだが、想像の斜め上を行く結果を残してくれた。


 万々歳である。


 ……しかし相変わらず急場で仕事しない魔法やつだな。


 込めた魔力量に比例しない、発動する規模や威力がチグハグ、なのに技量を必要としない……。


 


 浮かび掛けた疑問は、しかしロボットが再び動き始めたことにより沈んだ。


 新しく張った手の平の皮を、調子を確かめるように握り締める。


 復調はしているが、しかし……。


「まだ動けんのかよ……!」


 一息つけたが魔力が回復するわけじゃない。


 戦闘に魔法を混ぜると本当に減りが早い。


 一体しか相手にしていないのに、残りの魔力がもう五割を割りそうである。


 ドゥブル爺さんの講義から、これ以上は危険であると知れた。


 ならどうするべきか……。


 いつでも動けるように構えながら警戒していると、ロボットが奇妙な動きを始めた。


 ビームを放つでもなく、襲ってくるでもなく……踊るように足をガシャガシャとさせている。


「こ、壊れた……かな?」


 ……殴ったら直っちゃうとかあるかな?


 何が嫌って……強化中なのに普通に動いてると感じることだ。


 暴走してるんじゃなかろうか?


 しばらく様子見に徹していると、ストンと力が抜けたように腕のパーツがダラリと下がった。


 四脚が上がる気配も無く、無機質な魚眼レンズがただ前を見据えている。


 こうなるともう分からない。


 ……終わったと思って強化を解除するべきなのか、それともこれが『寝てる』という状態なのか……。


 精霊を一匹呼んで確認して貰う必要がある。


 こうしている間にも回復されていたら堪らない。


 とりあえず殴っとこうか? それが脳筋スタイル。


 ジリジリと警戒しながら距離を詰める中で、僅かだが確かに甲高い音が耳に響いてきた。


 先程のキュイイイイ音とは似ているが違う音だ。


 ヒュー? ヒュィィィ?


 引っ掛かる感じが無くなった音は――――しかし段々と大きくなっていく。


 ハッキリ聞こえるようになると、そこはかとない不安も湧いてきた。


 止めた方がいいね!


「……なんだ? てめ、何やってんだ?!」


 問い掛け一発! 鎌鼬のような風の斬撃を牽制で放つ。


 無防備なロボットの腹へと風の刃が吸い込まれていく。


 やはり大したダメージにはならないのか、露ほどの反応も示さずに風が霧散する。


 しかし反応が無い。


 音も消えない。


「ヤバい…………なんか……なんかヤバない?!」


 もはや近付かなくとも聞こえるようになった音に嫌な予感は増していく。


 そこでようやく魚眼レンズの光度が上がっていることに気付いた。


 ビームか? ビーム出すのか?


 だとしてもが信じられない長さだ。


 黒い一つ目がピンクの光を集め、レンズの中に白い点を作っている。


 なりふり構わず魚眼レンズに飛び付いた。


「あっつ?! ヤベえ! 絶対ヤバいやつだ?! なんかもう反応しねえし!!」


 レンズは先程のソードパーツよりも光熱を放っていて迂闊に触れないレベルだった。


 頭部をもぎ取ろうにも、全身コレ金属なので千切れず。


 力を入れて歪んだところは直る様子がなかった。


 もう回復の必要がないと言わんばかりのロボットは、全エネルギーを魚眼レンズに集中させているように見えた。


「いっっっかん! これ爆発するぞ?!」


 お約束が今必要か?!


 本当なら湖に投げ込んで走って逃げたいところだが、唯一怪我してほしくない幼馴染がそこにいるという事実。


 壊す? 燃やす? 刻む?


 全部ダメだ!


 衝撃はマズい! かといって大して深くもない穴に埋めたところで……。



 ぶん投げよう。



 方針を固めて直ぐにロボットを抱えて走り出した。


 湖とは反対方向に。


 幸いにして山が見える、村に居た時には山なんて影も形も見ることがなかった。


 山に投げたところで村への影響はあるまい。


 魚眼レンズの中の白点は大きさを増し、もはや白くないところを見つける方が難しくなりつつあった。


 臨界点が近い。


 時間が無い。


 投げろ!


 イケる? いや、足り、なら!


 



 ――――よん、バい!



 目と鼻から血が吹き出すのも構わず、野球の投手のようなフォームで力を入れた。


 ブチブチと体の中から鳴る音を無視して、腕に血管を浮かび上がらせる。


 ――――――――い、ま――――!


 踏みしめた大地が放射状に砕ける、全身のバネを使って派手に血管を破裂させながら腕を振った。


 空気の壁を突き破って金属塊が弾丸のように飛んでいく。


 どこまでも打ち上がりそうな軌跡を描き、しかし終わりは早々に訪れた。



 光と音と火と衝撃が、洪水となって満ちた。



 捲れ上がる地面と風よりも速い熱波に押され、俺は意識を失った。


 衝撃は――――外よりも内の方が強かった。


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