第90話
策はある。
強化魔法を切って、意外と深い湖に沈み込みながら海上を見上げる。
……やはり追っては来ないようだ。
となると……水中を嫌っているのか、はたまた……。
「ミィ?」
うわっ、ビックリしたあ?!
突然顔を出した子猫が『どうだった?』とばかりに首を傾げている。
見れば分かるだろ? 大切な空気が無駄になったよ?!
動揺からゴボリと溢れた気泡が浮き上がっていく。
いかん、これは呼吸出来なきゃ詰むパターンだ。
水中での呼吸を魔力に願う。
出来なきゃビームが待つ海上に顔を出さなくてはならない。
息! 呼吸! 酸素! 頼む頼む!
スッ、と魔力が抜けていく気配を感じると同時に息苦しさが無くなる。
……こんなにも万能なのに、なんで非常時にはバケツ三杯なんだろう? 魔法というスキルに一言物申したい。
「ミィ? ミ、ミ」
「ゴボボボボ?!」
うわっ?! 呼吸出来るだけか?! 喋るのは無理なんかい?!
少しばかり水が喉に入ったが、息苦しさは感じなかった。
どうやら水を酸素の代わりに取り入れているような……いやでも口の中だけでも空気を回せたよな? なんなんだ? 本当に魔法ってやつはズルい。
普段なら絶対に読まないであろう説明書が、この時ばかりは欲しくなる。
誰か丁寧な解説をしてくれ。
「ミ? ミィー」
こちらのことなぞお構い無しに喋り続ける子猫に首を振る。
……分かんねえ、分かんねえって。
なんで俺が喋れる前提なんだよ……お前が何言ってるのかなんて一つも分からんぞ?
そうこうしているうちに底に着いた。
夜の湖の底だというのに明るいのは、光り続ける子猫がいるからだろう。
その子猫が、付いてこいとばかりに一声鳴いて水中を歩く。
…………非常識め。
とても水中とは思えない動きを見せる猫の後ろを、水を掻き分けながら付いていく。
強化魔法を切っているせいか、酷く動きが遅いし、体が重い。
……これが普通なんだよなぁ、あのロボットや猫が変なだけで。
しかし節約するに越したことはない、敵が追って来ないというのなら尚更である。
魔力には限りがあるのだから。
時折後ろを振り向いて『……まだぁ?』と表情を歪ませる子猫がムカつく。
強化魔法を解禁して首根っこ引っ掴んでやりたい……! テトラも蛇も見てない今がチャンスなのでは?
バタ足で泳ぎながら、更に深い所へと案内された。
恐らくは湖の中央付近。
そこには巨大な体で
いや、テトラ死ぬから?!
「あー、レーもきたぁ」
めっちゃ喋ってるが?! どうなってん?!
浮力で逆立つ髪や服をそのままに、底の底へと降りていく俺とは対称的に、テトラは陸地と変わりない状態のようだ。
もしかして魔法だろうか? 俺もあれがいいんだけど魔法さん?
願いに反して魔力は減らず。
どうやら水中で呼吸が俺の限界……いや充分凄い筈なんだけど……。
「レー、おかえり!」
「ごぼぼぼぼ」
うえ、水入った。
テトラの伸ばしてきた手を掴む、どういうことなのか本当に濡れていないらしい。
「……やはり……無理、だったか……」
「ごぼぼ! ごぼぼぼぼ?!」
うるせえよ! お前、あいつがビーム放つとか言わなかったじゃん?! もう無効だ、無効!
俺が大蛇と喋っていると、子猫と他数匹の何かが近付いてきた。
湖の底だというのに凄く明るい。
発光体の群れの中からスイッと光る亀が泳ぎ出てきた。
「あれは手に負えまい。見たところまだ
めっちゃスラスラ喋るじゃん、亀。
どうした? 食われるぞ? この蛇、この喋りで実はめっちゃ機敏やで?
こいつも精霊ってやつなのだろう、大蛇の鼻先だというのに随分と落ち着いている。
……なんでお前が最初に出てこなかった?
「しかし可の物は歪。排除するのが流れ。人が背負う業。滞るは濁り」
めっちゃ違和感あるぞ、魚。
……お前、どうした? その鱗? 極彩色じゃん、パンクだな? 食われるぞ?
俺の身長より長い、食物連鎖を無視した怪魚が厳しげに喋る。
「……ここまでは、来ぬ……朽ちるのを、待とう……」
「随分と数が減った。これ以上を生まぬためにも、愛し子と結べばよい。コレもそのために飛んだ」
「ミィ!」
「業は業にて祓わん。それが定め。神が決めた宿命」
なんで猫だけ喋れねぇんだ?
連れて来られたはいいが、どうやら精霊共はこちらを無視して話を進める気配。
いや最初から眼中に無いのだろう。
感じ悪いな、精霊。
しかも話の流れからしてテトラを巻き込もうとしているのが分かった。
ムカつく。
「……レー、まだ参ったしてないのに」
怒りが伝播したというわけじゃないのだろうが、頬を膨らませたテトラが繋いだ手をギュッと握り締めてくる。
ごめん、レー、割と参ったしてたわ。
「……愛し子?」
テトラの言うことには耳を傾けるのか、蛇が問い返す声に注目が集まる。
湖の底には奇妙な生物が集まっていた。
大蛇、亀、怪魚、子猫、犬、雉? 十数匹の、それぞれが動物を模した精霊とやらだ。
強い圧力を感じるのは光るからだろうか、見つめられているからだろうか、試されているからだろうか。
その中で、テトラは胸を張った。
「レー、まだ参ったしてないもん!」
……まあ、そういうことだな?
プンスカと怒るテトラに、胸を叩いて頷きを返す。
ニチャに任せとけ。
いざとなったらロボットにこいつら狩って貰おうぜ?
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