第88話


 真っ暗な闇の中から、そいつは現れた。


 月明かりが照らす光沢のあるボディ、真珠のようなツルツルの一つ目、体長は想像よりも遥かに短く、ともすれば俺と同じ程度。


 夜の森だというのに、そこにはまるで恐れが見られない。


 まるで感情が無いかのように。


 ……………………いや無いんだろう。


 出来の悪いパペット人形を四脚よつあしにして大きい魚眼レンズを付けたらこうなる、というような風体の――――ロボットが、夜の森を掻き分けて現れた。


「話が違うよね?」


「……ぬ?」


「レー?」


 いやこれファンタジーやから。


 あれどう見ても少し不思議ファクションやから。


 ガシャガシャという重みを感じさせる金属製の足音を響かせて現れたロボット。


 湖岸に近付いて来ているせいか、より詳細な姿が分かる。


 足の切っ先が尖っているのか、踏みしめる度に地面に穴が空く。


 両手に当たるパーツは、片方がUFOキャッチャー染みたロボットアーム、片方が刃物のようなソードアームとなっていた。


 随分と攻撃的なフォルムだと思う。


 やる気を感じるね? 新卒なんて目じゃないぐらい……。


 ロボットなら配線が伸びてたり関節が弱点だったりしそうなものだが……このロボットにそれは無く。


 剥き出しの配線は見当たらず、関節は球形で、それこそ本当に人形染みていて、どうやって動いているのか不思議な感じだ。


 …………魔物じゃね? これもうそういう魔物なんじゃね?


 僅かにも可能性を感じさせるのは、頭部と思わしき位置にあるレンズだろう。


 ……カメラかな? 通信が繋がってたりする?


 思わず手を振ってしまうのは前の世界から残る癖だ。


 映ってる? 的な。


 せめて『ウィーン』ぐらいの駆動音は出せや、純粋な重さだけの滑らかな動きとか、不可思議過ぎて気持ち悪い。


 しかも脚部に値する四脚を蜘蛛のように動かしているだけに尚更。


 地面に穴を空ける時にだけ出す足音(?)が、こいつの存在証明となっている。


 なるほど。


「不気味やわぁ……」


「目、いっこ!」


 そこに疑問を感じなかった俺はダメだな。


 テトラに指を差されると、そのロボットっぽい何かは足を止めた。


「……む。……また、あれ……か」


 呟くと同時に大蛇が再び首を起こす。


 今度は速い!


「テトラ!」


 落とすなよ?!


 急激な速さで大蛇がテトラを上空へと連れて行く首を伸ばすと同時に――――甲高い、高周波のような音が耳を差す。


 原因はそれっぽい奴だろう。


 テトラに注意を逸らした一瞬で、ロボットの魚眼レンズが仄かな光を帯びていた。


 ……ライトかな?


 答えは直ぐに表れた。


 夜の闇を切り裂くように、魚眼レンズから放たれた一条の光が空へと昇る。


 こんな時ばかり『キュン』というロボロボしい音を響かせて。


 傾ける角度に限界があるのか、蛇の首の中腹ぐらいを貫いていく一条の光ビーム


 開いた口が塞がらないとは正にこの事。


 ……実際に口が開いてるしね。


 ビームが出てきたこともそうなんだけど、それを腹に食らっても焦げ跡しか出来てない蛇にも驚きだよ……。


 怪獣大決戦である。


「マジかぁ……」


 ちょっとした深夜のお散歩面倒事ぐらいの覚悟で来たから……理解が追い付かないや。


 もしや未だに睡眠中かな?


 抜け穴でお昼寝なんてしてたから……。


 照射時間は短いのか、横薙ぎにするというようなこともなく、しかし魚眼レンズの周りの空気を歪ませて放熱を露わにしているロボット。


 頭部の傾きを戻して――


 ……気のせいかな? こっち見てない?


 月明かりとは別の光を、再び魚眼レンズに溜め込む四脚。


「マジかぁ?!」


 洒落にならん!


 刃物を持った大人からレーザー放つロボットはグレードアップが過ぎると思うんだがぁ?!


 身体能力強化と肉体強化、それぞれ三倍の併用でミッションリンク。


 超強化の横っ飛びと、ビームが同時。


 ――――さすがに光の速さには勝てないか?!


 時間が止まったような空間で、しかし頭上を抜けていく光に冷や汗。


 ジュ、という空気を焦がす音が耳に響く。


 マジもんやん、こんなんどないせい言うねん?


 水上を行くビームが爆発を生み、高い水飛沫が上がる。


 落ちてくる水の速度は緩やかなのか、水柱が固まっているように感じる。


 とりあえず殴る、脳筋でいこう。


 どうも熱に強い造りなのは見ても明らかだ。


 そして俺の水や土系統の魔法はショボい。


 唯一と言っていい風魔法は……効くかなぁ?


 上空を回りながらビームを乱射でもされたら危なそう。


 物理一択。


 いつの世も筋肉が正義なんだよ、畑仕事を始めて分かった。


 受け身を取りつつ体を回転させ、ダメ元で魔法を行使。


フォグ!」


 ――出んのかい?! もう魔法よく分からん!


 ゆっくりと落ちてくる湖の水のせいなのか、元から使えたのかは分からない。


 しかしイメージ通りの魔法が湖岸を包む。


 一歩先も見えなくなるような濃い霧だ。


 前の世界でも山道を運転している最中に出くわしたことがあるが、あのときは一歩も動けなかった。


 動くのもそうだが、動かれるのも困る代物だ。


 今はそうも言っていられないが。


 霧が周囲を包む前にロボットが居た位置に走る。


 幸いながら速さはそれ程ではないようだったので、一撃は噛ませそうである。


 瞬く間にロボットとの距離を詰めた。


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